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[陸上世界地図]欧州・ドイツ編

(上)旧東独 薬物後遺症の闇

少女を男に変えた錠剤

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10代
現役女子選手だった10代のころのクリーガーさん(本人提供)

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「ドーピング被害者への手厚い補償を望んでいる」と話すアンドレアス・クリーガーさん(ドイツ・マクデブルクで)=千葉直樹撮影

 「私の努力の成果ではなかったと知った時、怒りがこみあげ、ぼう然とし、様々な感情に襲われた」。口元にうっすらとひげを生やす男性は語り始めた。1986年、21歳の時に欧州選手権女子砲丸投げで優勝した東独(当時)のハイディ・クリーガー(41)は今は男性、アンドレアス・クリーガーとなって旧東独の町で小さなミリタリー・ショップを営んでいる。

 13歳から陸上を始め、エリート養成のスポーツ学校に入った。国家を挙げた組織的なドーピングの標的となったのは16歳からだ。「トレーナーからビタミン剤と一緒に青い錠剤を渡された。何の薬かは教えられず、歯を磨いたり洗顔したりするように、普通の感覚で毎日飲んでいた」

 錠剤は男性ホルモン製剤だった。筋肉がついて体毛が濃くなり、少女が1週間で合計100トンを軽く超える重量を持ち上げるような過酷な筋力トレーニングにも耐えた。薬の影響でうつ状態に陥ったり、攻撃的、破滅的な気持ちになったりした時にも、何も疑うことなく、その感情をトレーニングにぶつけた。自己ベストは86年の21メートル10。世界記録は22メートル63だ。「女子で優れた技術を持っていれば(4キロの砲丸を)19メートルは投げられる。でも20メートルを超せば異常だ」とクリーガーさんは断言する。

 超人的な記録のために酷使した体が悲鳴をあげ、現役生活は長くは続かなかった。旧東独の消滅を見届けるかのように91年に引退。性同一性障害に悩んだ末、6年後に性転換手術をした。裁判で青い錠剤の正体を知るのは、その後のことだ。「3人の男兄弟と育ったせいもあり、現役のころから私の恋愛対象は女性だと感じていた」。男性ホルモン剤の長期投与が性転換の100%の原因ではないが、その後押しをしたのがドーピングだったと彼は言う。「思春期に、男として生きるか、女として生きるか、選択権は私にはなかった。だがホルモンのバランスが崩れて男性に傾き、いわば触媒の役目を果たした。私はそれに対して何もできなかった。だから私はドーピングを憎む」。男性として生きている今に違和感はないが、自分の人生を操作されたという思いは消えない。

 人口1700万人の東独が、短距離や投てき種目で世界を席巻した時代があった。1980年代に記録され、まだ破られていない世界記録も散見される。その一つ一つに白黒をつけることは難しいが、今も多くの元選手が流産や精神病、重い内臓疾患などドーピングの後遺症に苦しむ現実は、栄光の大きな代償である。

 クリーガーさんは今、体内ではほとんど生産できない男性ホルモンを3週間おきに摂取している。裁判で得た賠償金はわずか1万2000ユーロ(約200万円)。その資金を元手に現在の店を開いた。21歳の時の金メダルは、ドーピング被害者協会に寄贈し、啓発活動に役立てているという。「競技をやめ、錠剤をもらわなくなって私はすっかり混乱してしまった。女性のままだったら、今はこの世にはいなかっただろう」。反転した人生は、ドイツ陸上界の光と影を浮き彫りにしている。

ドーピング被害
 旧東独でドーピングを受けていた選手は陸上、水泳や冬季競技を中心に約1万人と推定される。ベルリン大学教授らが元選手の男女52人を対象に2006年に行った調査では、半数以上が14歳以前から薬物投与を受け、その結果48人が骨に重い障害を抱え、4分の1ががんを発症、20人には自傷か自殺未遂の経験があった。
2007年6月14日  読売新聞)
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