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東京マラソン…3万人の思い、都心を駆ける

浅草寺雷門前を走り抜けるランナー(17日午前、東京・浅草で)

 東京都心を舞台に3万人以上の市民ランナーが駆け抜けた「東京マラソン2008」。真っ青に晴れ上がった17日、市民ランナーは、沿道に詰めかけた226万人の声援を受けて、次々と笑顔でゴールした。

 4時間45分という速さで走った81歳の男性。C型肝炎治療を控えた1児の母もいた。42・195キロのゴールには、それぞれの思いが託されていた。

 ◆81歳、4時間45分で完走◆

 「情熱さえあれば、老人にも青春はある」。80代としては驚くような速さでゴールした、東京都八王子市の松田寛次(かんじ)さん(81)は、伴走してくれたジョギング仲間と手を取り合って喜んだ。

 戦時中は、海軍の特殊潜航艇「蛟龍(こうりゅう)」の乗組員だった。魚雷2発を積んで敵の空母に突っ込むのが役目。死を覚悟したが、搭乗1か月前に終戦を迎えた。この時の経験で、強い精神力が培われたと思っている。35キロ過ぎ、古傷の左太ももが痛み出し、リタイアも考えたが、「気持ちを強く持って、完走しました」。

 「青春とは人生の一時期のことではなく、心のあり方だ」。米国の詩人の一節に感銘を受け、60歳から走り始めた。フルマラソンの完走は30回を超える。今も毎朝午前3時からトレーニングだ。「健康である限り、いつまでも走り続けたい」と、さわやかに額の汗をぬぐった。

 ◆肝炎治療の勇気わいた◆

 ゴール後、家族らとの待ち合わせ場所に現れた藤崎奈津子さん(35)(江戸川区)は、長男の優太くん(7)を抱きしめて言った。「走り切れて良かった。おかあさんも、これで頑張れるよ」。夫の将彦さん(35)も見守っていた。

 藤崎さんは10年前、会社の献血でC型肝炎ウイルスの感染が発覚。原因不明で、当時は「なぜ」と戸惑うばかりだった。幸い症状は表れず、3年前から、育児の不安を和らげようと始めたランニングにのめり込んでいった。

 これまでも治療は考えたが、有効なインターフェロン治療は高熱など強い副作用があり、踏み切れなかった。今大会で完走したら、治療を始めることにしていた。

 記録は4時間25分。

 「こんなに頑張れた。治療後は、優太と一緒に走る約束もした。治療の勇気がわいてきました」

 ◆前日に再会の妹が祝福◆

 福岡市の新聞配達員、林幸義さん(45)は、4時間22分でゴールし、両手を高々と掲げた。

 林さんは、幼いときの高熱で言語障害と手のマヒが残り、グループホームでほかの障害者と暮らしている。両親は既に他界。父の葬儀後は、異母兄妹の馬場のぞみさん(26)とも、疎遠になっていた。「天涯孤独」。寂しさだけが募る毎日だった。

 参加が決まった時、思い切って都内に住むのぞみさんに「会いたい」と電話した。16日朝、寝台特急が到着した東京駅ホームで10年8か月ぶりに再会。「もう一人じゃないと思ったら涙が止まらなかった。電話する勇気が持てたのは、東京マラソンのおかげ」

 林さんの携帯電話にはさっそく、仕事中ののぞみさんからメールが届いた。「完走おめでとう」

2008年2月18日03時12分  読売新聞)

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