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信濃路で「雷電の初土俵」

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モリナガ・ヨウ/イラスト

 江戸時代の名大関雷電為右衛門は名作講談「寛政力士伝」の中でもトップスターの扱いを受けている。中でも「雷電の初土俵」の一席は滑稽(こっけい)味あふれる内容で人気が高く、昭和39年(1964)75歳で他界した孤高の講談師桃川燕雄(えんゆう)の得意演目だった。

 雷電は現在の長野県東御(とうみ)市滋野の出身。JR上田駅から、しなの鉄道に乗り換えて滋野駅下車、タクシーで10分の道の駅「雷電くるみの里」には「力士雷電展示館」がある。化粧回し、扇面手形ほか関係資料を展示して旅行者を楽しませてくれる。休憩スペースのテレビは常時雷電の紹介ビデオを放映しているが、なんと桃川燕雄の「雷電の初土俵」がBGM代わりに使われているではないか。こういうところで大先達の声に接するとは思わなかっただけにうれしかった。

 氷水信濃路に聴く「雷電記」 松鯉

 隣の田中駅から歩いて5分、瑠璃(るり)殿という薬師堂に「田中の石造仁王像」という赤く塗られた左右一対の石像がある。左は雷電の母が若いころ「強い子が授かるように」と願をかけて奉納したもので、右は雷電自身が大関昇進時に奉納したと伝えられる。

 これより徒歩20分の「海野宿(うんのじゅく)白鳥神社」は雷電が文化5年(1808)に四本柱の土俵を奉納し相撲興行を行った所で、今でも土俵が残っている。海野宿には往年の伝統的格子造りの家並みが保存され、各戸に卯達(うだつ)が揚がるさまは壮観。貧家はこれを揚げられず、「うだつがあがらない」の語源となったという。

 (神田松鯉 講談師)

2006年8月30日  読売新聞)
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