サミット支える 「シェルパ」の裏話
サミットでの議論を陰で支える外交官を「シェルパ」と呼ぶ。シェルパとは「山の案内人」の意味。各国のリーダーを山の頂上(サミット)に導くことから名付けられた。伊勢志摩サミット開幕を前に、読売中高生新聞編集室は、北海道洞爺湖サミットで「シェルパ」を務めた外務省の河野雅治・政府代表に、シェルパの役割やサミットの舞台裏を聞いた。
シナリオのない学級会
サミットという言葉がもともと、英語で山の頂上(summit)という意味なのをご存じの方は多いでしょう。“山の案内人”であるシェルパは、山頂での会談に首相をお連れするのが役割。つまり、サミットで首脳が議論するためのすべての準備をすることです。
各国のシェルパは毎年1月から月1回ほど集まり、今の世界の課題は何で、次のサミットはどのテーマを議論し、最後にどういう合意を作り上げるかを考える。
サミットの首脳会談は、例えるなら「シナリオのない学級会」。テーマは決まっていて、首脳たちも予習を重ねて出席しますが、議論の流れは決まっていません。
ほかの首脳会談と違い、会談中に室内にいるのは、首脳とシェルパだけ。別室にいる同時通訳を除くと、外からはどんな話をしているかわからないので、首脳は自分の考えを率直に言うことができるのです。
だから、議論は面白いですよ。クラスに色々な人がいるように、自分の意見を述べるのに白熱しすぎて机をガンガン蹴りながら話す人や、ボーッと窓の外を眺めだす人もいて。そして、どんな議論の流れになろうとも、世界共通の問題について、何らかの決断をしなければいけない。究極の学級会ですよね。
ノーネクタイがルール
ちなみに、食事会での話し合いは首脳だけで行われます。必要な時は首脳は別室に控えているシェルパを呼べるんですが、北海道洞爺湖サミットでは、食事会で呼ばれたシェルパはいませんでした。まさに首脳同士が胸襟を開いて話し合う場なのです。
首脳会議はお互いをファーストネームで呼び合うほど親密な雰囲気ですが、それはサミットの準備をするシェルパの会合でも同様です。
会合ではノーネクタイがルール。一度、私がネクタイを締めて会議に出たら、ほかのメンバーに怒られたくらいでしたね。ロシアのシェルパは30代の若者で、とても優秀な人でしたが、穴の開いたジーンズで来ていたほど。くだけた服装や雰囲気で、議論をしっかりやろうというのが共通認識でした。
北海道洞爺湖サミットで一番苦労したのは、温室効果ガスの削減目標についての議論ですね。10代のみなさんには英語を勉強する面白さを感じてもらえるかもしれません。
このサミットで日本政府は温室効果ガスの削減に関して、「2050年までに世界全体で温室効果ガス排出量を半減する」という長期目標を先進国で「共有する(share)」ことを目指していました。ところが、世界最大の排出国アメリカは「そんな合意をしたら産業界はみんな怒る」と反対したわけです。目標受け入れが「望ましい(desirable)」ともう少し緩い表現にするよう主張して、まとまらなかった。
でも、サミット1日目の深夜、ブッシュ大統領と会談した福田康夫首相から「大統領は何でも協力する用意があると言っていた。もう一歩、アメリカを譲歩させる余地があるのではないか」と打診されました。
アメリカの譲歩に成功
そこから、アメリカのシェルパと1時間以上かけて合意できる文言を考え始めました。最後に行き着いたのが「seek(努める)」という単語。「seak to share」。つまり、「(長期目標を)共有するよう努める」とすることで、「望ましい」よりも能動的になり、もう一歩、アメリカを譲歩させることに成功したわけです。
その日は眠れなかったですね。気分が高揚して、早く夜が明けないかなと、首相に早く報告しなきゃと思っていたからかな。夜が明けて、首相に報告したら「そうか」なんて意外とあっさりしていましたが、サミットは体力勝負だなと感じました。
その時にシェルパを務めていた人たちとは驚くほど仲良くなりました。30~60代くらいまでと幅広い世代だったけれど、サミット前から徹夜の会議を繰り返し、寝食を共にした結果、3日目の昼食会が終わった瞬間、自然と拍手が起こって、みんなで抱き合った。
その時にできた友情は消えません。私にとって財産になっています。
アジア唯一のサミット開催に注目
日本でのサミットは、アジアで開催される唯一のサミットです。アジアにかかわる課題を先進国で議論する貴重な機会です。ヨーロッパから見ると、やはりアジアは遠いですからね。今回の伊勢志摩サミットでは、中高生のみなさんには首脳たちが世界のためにどんな決断をするか、ぜひ注目してほしいと思います。