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    社会

    震災以来7年ぶり、福島・薄磯海岸で海水浴場開設

    読売新聞地方部 久保哲也
     東日本大震災による津波に直撃された福島県いわき市の 薄磯 ( うすいそ ) 海岸に、震災以降初めて海水浴場が開設され、7年ぶりの歓声が浜にこだましている。地元住民は「地区全体の復興につながってほしい」と願っている。

    海の家は1軒…「海とともに生きる」第一歩に

    • 震災以来の海水浴場開設にわく薄磯海岸。「初泳ぎ」に挑む「サンシャインガイドいわき」の女性たち(福島県いわき市で)
      震災以来の海水浴場開設にわく薄磯海岸。「初泳ぎ」に挑む「サンシャインガイドいわき」の女性たち(福島県いわき市で)

     薄磯海岸には約1キロにわたって白い砂浜が続き、「白亜の灯台」と称される塩屋埼(しおやさき)灯台もある。風光明媚(めいび)な海岸は福島県でも有数の海水浴場で、震災前年の2010年には地元や関東などから約26万人の海水浴客が訪れた。

     民宿もバブル期には20軒を超え、海の家も最大14軒が並んだ。地元の高校生たちはアルバイトに励み、夏の思い出を作った。

     薄磯に生まれ育った区長の鈴木幸長さん(64)は「うちは海の家と民宿もやって、かれこれ50年。人情に厚い土地で、私も親戚みたいに連絡を取り合うお客さんもいます」と話す。

     津波による被害は甚大だった。地区住民の7人に1人にあたる111人が犠牲になり、約9割の家屋が全壊した。ようやくがれきの撤去や防潮堤工事が終わったのは、今年3月だった。

     こうして海水浴場の再開が可能になった。津波の再来に備え、堤防への避難路も一部で供用された。

     それでも、海の家を出したのは鈴木さんの1軒。鈴木さんも機材の多くを流されたが、「海の家を出さないと、浜は良くならない」と考え、7年ぶりの看板を掲げた。

     7月15日の海開き式では地元高校生によるフラダンスなど、祝賀と歓迎のイベントが続き、久しぶりに多くの人が集まった。

     あいさつに立った鈴木さんは、土地への愛情を胸に「つらいこともあったが、海とともに生きていきます」と力強く宣言した。

     壊滅した住宅地再建も進み、よそに避難した住民の帰還を目的にした高台での土地区画整理も完成した。ただ、避難先などで家を建てる人も珍しくなく、住宅着工は約10軒にとどまる。

     薄磯地区は福島第一原発から約40キロ。人口が戻って初めて復興と言えるだけに、鈴木さんは「原発事故で避難している人にも来てほしい。海沿いで育った人なら、ここの良さを分かってくれるはず」と訴える。

     何よりまず残った住民が元気を取り戻さないと。鈴木さんは「海水浴場の再開がその第一歩」と信じている。

     薄磯海岸の海水浴場は8月15日まで。

     東日本大震災による津波に直撃された福島県いわき市の薄磯海岸に、震災以降初めて海水浴場が開設され、7年ぶりの歓声が浜にこだましている。地元住民は「地区全体の復興につながってほしい」と願っている。薄磯海岸には約1キロわたって白い砂浜が続き、「白亜の灯台」と称される塩屋埼灯台もある。風光明媚な海岸は県内有数の海水浴場で、震災前年の2010年には地元や関東などから約26万人の海水浴客が訪れた

    2017年08月02日 16時30分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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