文字サイズ
    ちょっと気になるニュース、インターネットやSNSで話題のトピックス……。世の中の「今」をお届けします。
    社会

    世界で100万人が体験…ダイアログ・イン・サイレンス

     音が聞こえない世界で気持ちを伝え合う「言葉」とは何だろう? この夏、こんな問いを体験するイベントが東京都内で開催されている。題して「ダイアログ・イン・サイレンス(静けさの中の対話)」。国内では初の開催で、20日間の有料イベントのチケットはほぼ完売状態。2020年の東京オリンピック・パラリンピックで求められる多言語や多文化社会の実現も見据えたこのイベントが目指すものは何だろうか。(メディア局編集部 京極理恵)

    「伝えたい」「伝わらない」「伝わった!」

    • 手のダンス(主催者提供)
      手のダンス(主催者提供)

     10人ほどが輪になればいっぱいになるような広さの、無音空間に集まった参加者。ヘッドホンで何も聞こえないから、相手の顔や目を見るしかない。笑っている顔、不安そうな顔。なんとなく場の雰囲気はわかるが、何を言いたいのか、何をしたいのかを伝え、そして受け止めるなら、もっと表情を出して、身ぶり手ぶりも必要だ。アテンド(案内者)と呼ばれる聴覚障害者のリードで、静かなコミュニケーションの時間が始まる――。

    • 顔のギャラリー(主催者提供)
      顔のギャラリー(主催者提供)

     記者も体験してみた。いくつかの空間を通り抜けながら、互いのジェスチャーだけを頼りに、答えを当てたり物を並べたりするゲームに挑む。単に勝ち負けを競うジェスチャーゲームとは異なるようだ。互いに顔は見えるのに、「伝えたいことが伝わらない」「相手の言いたいことがわからない」というじれったさと、身ぶり手ぶりを加えることで「伝わった」と時の喜びが入り交じる時間が繰り返される。
     ゲームの中でジェスチャーに相手が首をかしげると「どうしてわかってくれない」とイラつき、同じ動作を何度も繰り返してしまった。終わった後に話をすると、相手は懸命にこちらの意図をくみ取ろうとしていた。こちらが十分に伝える工夫が足りなかったと反省し、同時にそんな自分と時間を共有してくれた相手に感謝した。言葉が通じなくて切羽詰まって身ぶり手ぶりで伝えることは、外国でその地の言葉が理解できない時の焦りと開き直りに通じるようだ。

     「受け止め方はお任せします」と主催者が言うように、参加者の感想は様々だ。都内から参加した鍼灸(しんきゅう)師の60代男性は、「聴覚を遮断することで別の感覚が研ぎ澄まされた気がして、おもしろい」と語る。同じ団体が主催する「ダイアログ・イン・ザ・ダーク(暗闇の中の対話)」も体験したことがある横浜市の会社員・神長涼さん(26)は、「ダークと違って視界はあるのに、思う以上に表情が出せていない自分に気づいた」と話す。また、自営業の山本和泉さんは、「ふだんから音が聞こえて当たり前と思っていた。相手にどう伝えるのか、相手が何を伝えようとしているのかを意識していきたい」と語る。

    編集部撮影

    福祉イベントではない、「エンターテインメント」だ

    • アンドレアス・ハイネッケさん(左、7月31日、都内で)
      アンドレアス・ハイネッケさん(左、7月31日、都内で)

     「障害者の疑似体験やつらさの体験ではありません。対等な“聞こえない世界”です」。「『エンターテインメント』であって、福祉イベントではありません」

     7月31日都内で開かれた「ダイアログ・イン・サイレンス」記者発表会で、共に総合プロデューサーである志村真介さん・季世恵さん夫妻はこう強調した。

     「ダイアログ・イン・サイレンス」は、音を遮断した空間で聴覚障害者のアテンドを受けながら、参加者が「手のダンス」「サインで遊ぶ」などの数種類の部屋でコミュニケーションを取る90分間のプログラムだ。ガイド役として聴覚障害者を雇用することで経済的自立を促す意図はあるが、障害者に同情して支援するのではない。聴覚以外の感覚の可能性を探り、多様なコミュニケーションや人とのつながりを体験してもらうのが目的だ。

     運営する一般社団法人「ダイアローグ・ジャパン・ソサエティ」は、1999年から国内で別のイベント、「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」を開催してきた。「ダーク」は目の見えない人が参加者を案内し、暗闇の世界での対話を共に楽しむ。視覚障害者の雇用を拡大し、来場者に未知の体験をしてもらおうとドイツの哲学者アンドレアス・ハイネッケ氏が発案した。これまで世界39か国以上で開催され、国内でも東京や大阪の常設会場などで19万人以上が体験している。

    2020年五輪に向け、多様性の体験を

    • 記者発表会で(7月31日、都内で)
      記者発表会で(7月31日、都内で)

     「サイレンス」も同じくハイネッケ氏が発案し、1998年にドイツでスタート。イスラエルや中国など世界で100万人以上が体験してきた。

     日本での「サイレンス」開催について、記者会見に参加したハイネッケ氏は、「『日本人は表情に乏しいうえ、ボディーランゲージも使わないだろう』と懸念していた」と話した。しかし、今年2月の来日時に、耳の聞こえない子どもたちと身ぶり手ぶりで2時間対話したことなどから、大丈夫との思いを深めたという。「2020年に向け、他の言語を話す多くの外国人を迎える日本の人たちに、多様なコミュニケーションを味わってもらいたい」と話していた。

    「ダーク」「サイレンス」「タイム」を常設化へ

    • 志村季世恵さん(7月31日、都内で)
      志村季世恵さん(7月31日、都内で)

     主催者の志村さんは、最初に体験した時、「90分間でみんなの表情がどんどん変わっていき、こんな笑顔になるんだ」と感動し、涙が出たという。

     今回は期間限定イベントだが、将来は常設による定期開催を視野に入れている。2009年から渋谷区神宮前で常設開催してきた「ダーク」の東京会場は賃貸契約の都合で8月末にいったん閉鎖となるが、別の場所で再開を目指しており、可能であれば「サイレンス」と同時に定期開催したいという。今年3月には、70歳以上の人がアテンドとなり命や時間、生き方について世代を超え対話する「ダイアログ・ウィズ・タイム(知恵ある人々との対話)」も開催している。将来的には「ダーク」「サイレンス」「タイム」の3種類を常設化したい考えだ。

     志村さんは、「10年近く行ってきた『ダーク』では目の見えないことの意識が大きく変わったと思う。不便かもしれないが、不自由ではない。肩書のない『ただの自分』で対等に遊び、人の温かさを再確認してもらったと思う。『サイレンス』も基本は同じ。対等な世界で、人と人の間の垣根を取り除き、互いがあたたかい存在であると感じてほしい」と話している。

    当日券あり、13日には「サイレントラジオ」も

     「ダイアログ・イン・サイレンス」は、JR新宿駅南口のルミネゼロ(NEWoMan新宿5階)で8月20日まで開催している。予約制のチケットはほぼ完売しているが、当日券(午前11時から現地で先着販売)や追加発売が出ることもある。料金は大人4000円、大学生3000円、小学生以上2000円。詳しくはダイアログ・イン・サイレンスのウェブサイトで。

     8月13日午後10時からは、FMラジオ「J-WAVE(81.3FM)」でハイネッケ氏や志村さんらが登場する特別番組「サイレントラジオ」を放送する。テーマは「音のない世界」。同時に公式YouTubeチャンネルで同時通訳する。

    2017年08月07日 15時48分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
    PR情報
    PR
    今週のPICK UP
    PR
    今週のPICK UP