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    スポーツ

    再戦快勝で新王者に 村田が流した涙の理由

    読売新聞運動部 松田陽介
     日本中の格闘技ファンの注目を集めた「因縁の再戦」で、村田諒太(31)(帝拳)が文句のつけようのない結果を出した。10月22日、東京・両国国技館で行われた世界ボクシング協会(WBA)ミドル級タイトルマッチ。7回終了TKO勝利を収めた新チャンピオンの目に、光るものがあった。(読売新聞運動部 松田陽介)

    金メダリスト兼世界王者は日本初

    • 顔をくしゃくしゃにして拳を突き上げる村田=栗原怜里撮影
      顔をくしゃくしゃにして拳を突き上げる村田=栗原怜里撮影

     7回、村田は猛攻を見せた。得意の右ストレートが何度もヒットし、左ボディーブローも「ズドン」と重い音をたてた。王者のアッサン・エンダム(仏)は足がふらつき、立っているのが精いっぱい。8回の開始前、陣営が棄権を申し出て、米国人のレフェリーが試合を止めた。

     ご存じの通り、村田は2012年ロンドン五輪の金メダリスト。プロに転向した金メダリストが世界王者になるのは、日本ボクシング史上初めてだ。欧米で選手層の厚いミドル級(制限体重72.57キロ)の世界王者誕生も日本選手では1995年の竹原慎二以来、22年ぶり2人目。まさに歴史的な快挙となった。

     顔をくしゃくしゃにして、リング上で両手を突き上げた村田。「泣いてないですよ」と強がったが、明らかに泣いていた(後に本人も認めた)。悲願の王座を手にした喜び、いい試合内容で快挙を遂げた充実感もあっただろう。だが、それ以上に「勝利を義務づけられた世界戦」の重圧から解放された男が流した、安堵(あんど)の涙と思われた。

    未体験ゾーンの重圧

    • ベルトを巻き、笑顔を見せる村田
      ベルトを巻き、笑顔を見せる村田

     オリンピック決勝、金メダルをひっさげてのプロデビュー戦、本場・米国リングへの進出、そして世界タイトル初挑戦――。あらゆる種類の大一番をくぐり抜けてきた村田にとってさえ、今回のリングで味わった重圧は、未体験のものだったことだろう。

     5月の対エンダム第1戦は、空位の世界タイトルをともに挑戦者の立場で争う「王座決定戦」として東京・有明コロシアムで行われた。4回に右ストレートをカウンターで見舞ってダウンを奪うなど、終始優勢に試合を進めた村田だったが、まさかの判定でプロ初黒星を喫し、ベルトを獲得できなかった。

     「(判定は)審判が決めること。自分が何か言うことはない」と、試合後の村田本人はすがすがしく、エンダムと笑顔で握手まで交わすスポーツマンシップを発揮した。だが、周囲が黙っていなかった。会場やテレビで観戦したファンやボクシング関係者から「信じられない判定」と、大ブーイングが巻き起こった。プロモーターで村田の所属する帝拳ジムを経営する本田明彦会長も「今までで最悪の判定」と激怒。さらには、タイトル認定機関であるWBA(本部・ベネズエラ)のヒルベルト・メンドサ・ジュニア会長も「村田が勝っていた」と公式サイトなどで謝罪し、ジャッジ2人を資格停止処分にしたうえで両選手の再戦を指示する異例の事態となった。

     村田が再起を決断すると、本田会長が力強く支援した。ここ数年、西岡利晃や三浦隆司ら帝拳門下の世界王者の米国リング進出を支えるなど、国際的な興行実績や影響力を伸ばしてきたことを背景に、日本国内での「ダイレクト・リマッチ(間に別の試合を挟まない再戦)」を実現させた。

     世界初挑戦で相手を圧倒した試合内容は村田に自信を与えた一方、周囲に「再戦では勝って当たり前」という雰囲気も生み出した。「重圧はある。注目されているのは、分かっている」と、調印式で村田は話した。誰よりも真剣にボクシングと向き合う村田のことだ。もしも再戦で敗れたら、第1戦の戦いぶりとその後の振る舞いで手にした評価が、すべて台無しになってしまう――と、思い定めていたのではないか。

     まだ王座を手にしていたわけでもないのに、己の真価を証明するためのリングに臨んだ。挑戦者というより、むしろ「初防衛戦」に近い状況で戦ったといえる。

    反省を踏まえた戦いぶり

    • 村田の強打がエンダムをとらえる
      村田の強打がエンダムをとらえる

     そんな大一番で、最高のパフォーマンスを演じることができるのが、村田のすごさだ。

     第1戦で村田は1回、ほとんどパンチを出さず、エンダムの攻撃を見極めることに徹した。しかし、再戦では1回から積極的にパンチを放った。踏み込みながらのワンツーで距離を詰め、ボディーやアッパー、打ち下ろしの右ストレートをたたき込む。

     基本通り、と言ってしまえばそれまでだが、手数が少なかったことが裏目に出た前戦の反省をしっかり踏まえた戦いぶり。そこに、勝利への執念がにじんでいた。時折見せる笑顔も、すごみを感じさせた。3回以降は完全に主導権を握り、クリンチで逃れようとするエンダムを攻め続けた。

     エンダムは試合後、「採点的にも劣勢であることは分かっていた。2~3回あたりから疲労もあったし、勢いがなくなっているのを感じていた」と明かした。9月頃に左足首を痛めたうえ、高熱で10日間ほど体調を崩し、米国でのトレーニングがハリケーンに見舞われるなど、調整に失敗していたという。あきらめずに8回以降も戦ったとしても、村田の優勢は変わらなかっただろう。

     本田会長は試合後、村田の精神力をたたえた。「プレッシャーが今までで一番かかっていたが、最後の最後で開き直れた。きょうの控室だよ。『これだったら大丈夫』と思ったのは。同じこと(試合内容)は繰り返せないから」

     試合から一夜明けた記者会見で、村田はこう語った。「金メダルも、取ったときは意味が分からなかった。取ってから、のしかかる重圧を知った。(今後は)世界タイトルの重みと、しっかり向き合う。しっかりトレーニングして、もっと上を目指したい」

    • 試合後の記者会見で見せたほほ笑み
      試合後の記者会見で見せたほほ笑み

    いざ、猛者たちのトップ戦線へ

     さて、気になる新王者の今後。来春頃の国内での防衛戦を乗り越えれば、来夏には米国での試合が検討されている。WBAのベルト獲得は、統一王者ゲンナジー・ゴロフキン(カザフスタン)ら猛者ぞろいのミドル級トップ戦線に切り込む足がかりを得たことを意味する。本人も「まだ海外では『村田諒太って誰だよ』というレベルだと思っている。自分の名前が売れるような相手と試合をして、その先にトップオブトップの試合ができればいい」と決意を新たにしている。

     「オープニングとエンディングが常に隣り合わせにあるのがボクシング」と、村田はかつて語っていた。壮絶な重圧を乗り越えて王座を手にした金メダリストが、新たな挑戦に踏み出した。

    2017年10月30日 15時00分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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