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目標はジュジャーロカーデザイナーを目指す 村上 由自さん
名デザイナーの作品にあこがれ ひと月の家賃が300ユーロ(約4万5000円)のアパートの屋根裏部屋が、カーデザイナーを志す村上由自さん(34)の今の仕事場だ。 「自由」をひっくり返して「由自」。大阪府豊中市出身、トリノで暮らして4年半になる。「どこでもいいからイタリアの自動車メーカーの車をデザインしたいんです。そのことで、今は頭がいっぱい」。 中学生のころから車を眺めるのが好きだった。ある時、自宅近くで「ゴルフ」を見た。イタリア人の代表的な工業デザイナー、ジョルジェット・ジュジャーロ氏がデザインした車だった。きれいだった。 無我夢中の3年間 2000年、旅行でトリノを訪れた。ユースホステルの受付にいた日本人にカーデザインのことを話したら、その人がトリノにカーデザインなどを教える専門学校があることを教えてくれた。 一度日本に帰り、旅行での会話ができる程度のイタリア語を携えて、再びトリノに渡った。専門学校に入学。絵を描く授業にはついていけたが、理論になると苦しかった。 無我夢中のうちに3年間の学校生活が過ぎた。卒業するとカーデザイン会社の研修に受け入れてもらい、「実戦」で腕を磨いた。研修では、上司から車の車体や部品についてのデザインを指示され、自分なりの作品を作る。その作品を実際にメーカーに見せて評価してもらう。研修期間終了時に、正社員として採用されるかどうかが決まる。 不合格を乗り越えて 2004年に初めて研修を受けたが、不合格。昨年も10月から3か月、別の会社で研修を受けた。スポーツカーの車体やハンドル、それにシフトレバーのデザインを描くように指示された。村上さんの作品に対して、メーカーからは「ごちゃごちゃしすぎ」という評価が返ってきた。 「自分としてはそこそこ自信はあったのですが。まあまあ、だいぶ良くはなってきたかなあという感じです」。 今は次の研修にトライするため、アパートの一室で勉強中だ。疲れた時は少し離れた公園を散歩する。 自分の描いた車が街を走る 「好きなデザイナーは、やっぱりジュジャーロです。ボディーと車輪の位置のバランスが抜群にいい。時間がたっても少しも古さを感じさせないんです」。パソコンに向かいながら、こんなイメージを抱く。トリノの街で、自分の目の前をだれかが運転する車が通る。それは自分がデザインした車だった。(メディア戦略局編集部 山口 敦) (2006年2月24日 読売新聞)
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