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トリネーゼ物語

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食の現場を取材して

フリーライター 中野美季さん

幸せな豚

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「食」について語る中野美季さん

 広々とした林で、放し飼いにされた豚がゆったりとドングリを食べていた。「なんて幸せな豚なんだろう」。スペインの生ハム「ハモン・イベリコ」となるイベリコ豚の飼育現場を見た時、中野美季さん(45)は心の底から思った。

 結局は人間に食べられる運命なのだが、狭いところで太陽にも当たることなく生かされている動物に比べると、あのイベリコ豚は自然の中で生きていた。

生産者の心に触れて

 イタリア・ブラに本拠を置くスローフード協会が設立した「食の大学」のマスターコースに入り、昨年2月から今月までヨーロッパの食の現場を実習で訪ねた。

 イベリコ豚のほか、フランスのシャルレ牛、イタリアのピエモンテ牛…。ワインの産地も訪ねた。イタリアのリグーリア海近くの断崖(だんがい)に張りついたブドウ畑を登った。その畑のブドウで作った白ワインは、ほのかに海の香りがした。

 「作っている人の気持ちが伝わり、その場所にいる幸せを感じました。涙が流れました」。

何が好きだったっけ

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「アルカ計画」の日本関係を扱うオフィスで(右)

 日本で、10年間出版社に勤めていた。仕事に追われる日々。ふと思った。「何が好きだったっけ」。「生活のリズムを変えたいな。楽しいのがいい」。

 1996年に会社を辞め、翌年、好きだった料理を習おうと軽い気持ちでイタリアに渡った。来てみると、関心は「食」全体に広がった。チョコレート職人や有機米農家など各地の職人たちを訪ね歩いた。

トローネ作りのおじさん

 ピエモンテ州の山の中の小さな村・ビゾーネには、ハチミツと砂糖、それに卵白などで作る伝統の飴(あめ)菓子「トローネ」を作っている職人がいた。70歳を超えたその職人は、旧式の道具でゆっくりと時間をかけてトローネを作っていた。朝6時前から始めて夕方までで、出来上がった500グラムのトローネは、わずか100個。

 しかし、彼は言っていた。「工場化して自分の目の届かないほどたくさんは作りたくはないね。お金じゃない。今の生活に満足だよ。これ以上何がいるんだい」。

 フリーライターとして雑誌に書いている。日本のテレビ局などの取材のコーディネートもする。取材すればするほど、スローフードに当たった。さらに広く、深く食を知りたくて、食の大学のマスターコースに入った。1クラス25人。23歳から54歳までの社会経験のある人たちと知り合いになった。

アルカ計画

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まだ日本を知らないと思えるようになった

 実習のほか、絶滅の恐れのある食材に光を当てる、スローフード協会の「アルカ計画」(箱舟計画)の事務局を手伝う。アルカ計画は世界中の食材が対象で、日本では岩手県の「短角牛」や、雪の中で育てる、山形県米沢市の「雪菜」などがリストアップされている。

 マスターコースの約500時間の授業を終え、今は“卒論”の作成に追われている。

 「取材の仕事は続けていきたいですね。ただ、ずっとイタリアにいるかどうかはわかりません。最近、日本をまだ知らないなと思えてきたし」。春のそよ風のような人柄の向こうに、旺盛(おうせい)な好奇心が顔を出した。(メディア戦略局編集部 山口 敦)(おわり)

2006年2月27日  読売新聞)
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