(6)走り続けた中山
世界の扉をこじ開けたゴールは、FW中山雅史のサッカー哲学そのものだ。
日本のワールドカップ(W杯)初得点は、1998年フランス大会のジャマイカ戦。74分、FW呂比須の頭での折り返しに、ゴール前へ走り込んだ中山が飛びつきながら右足に当て、押し込んだ。
「最後の最後は、泥臭さが必要になる」。当時の日本代表コーチで、前日本サッカー協会育成担当技術委員長の小野剛さんは、中山のようなプレースタイルが土壇場で力を発揮すると強調。さらに、ゴールまでの連係が実ったと解説する。
連動したプレーで相手守備を崩していた。MF名波から左サイドでパスを受けたMF相馬が、逆サイドへクロス。呂比須が守備2人を引き付けていた結果、中山はフリーになっていた。
小野さんは「一つのボールに、皆が予測して動いていたことで好機を作れた」と振り返る。現在、ブラジル・サンパウロ州1部リーグ、パウリスタFC監督の呂比須も、「あの形はよく練習していた。中山さんが見えたので、中山さん目がけて打った」と証言する。
ラストパスを信じ続けて走った中山。この得点をスタートに日本がW杯で奪った8得点は、すべて連動したプレーから生まれている。南アフリカ大会に挑む日本代表の岡田武史監督は、チームの持ち味を「攻守の切り替えの速さ、組織としてのまとまり」と話す。
体格ではかなわなくとも、労を惜しまずに走り続ける。その先にこそ、日本の勝利がある。(この連載は清水裕、山口博康、風間徹也、野崎尉が担当しました、5月30日掲載)
(2010年6月10日 読売新聞)
- (6)走り続けた中山
(6月10日) - (5)俊輔の精密クロス
(6月9日) - (4)小野と鈴木 50メートル連係
(6月8日) - (3)ボランチ稲本 前線へ
(6月7日) - (2)森島 こぼれ球「予測」
(6月4日) - (1)玉田の「消える動き」
(5月25日)


