フランス…エリート育てる国立学院

将来の代表選手を目指してパリ郊外クレールフォンテーヌにある国立サッカー学院の恵まれた環境の中で練習に励む選手たち(フランスサッカー連盟提供)
昨年9月、日本サッカー協会(JFA)とフランスサッカー連盟(FFF)が、選手育成など幅広い分野で提携するための調印式をパリで行った。今年4月には、FFFの協力で、中高一貫教育でトップレベルの選手育成を目指す「JFAアカデミー福島」が開校した。
そのモデルとなったフランスのエリート養成基地、国立サッカー学院(INF)は、パリ郊外クレールフォンテーヌの緑深い森の中にある。1990年に設立され、13〜15歳が、将来、プロで活躍するための基本を全寮制で学ぶ。同様の地方センターが今では全国8か所に設けられている。
入学希望者は手首やひざのレントゲン撮影が義務づけられる。関節の状態から成人した時の身長を予測するためだ。膨大な過去のデータのおかげで、その誤差はわずか2〜3センチ。クレールフォンテーヌ育成センター長のジル・ボック氏は、「特にGKは、国際的な舞台で活躍するには、1メートル85が必要。それ以下の選手は望んでいない」と話す。
毎年24人前後が入学するが、1年過ぎるごとに1〜2人がふるい落とされる。思春期の少年には残酷とも思える仕打ちだが、アンドレ・メレル校長は「選手にプレッシャーをかける一つの手だ」と言い切る。卒業後は、プロクラブの育成センターに進んで16〜18歳の時期を過ごす。試合などの実戦を通じて、原石はさらに輝く宝石へと磨かれる。
フランスは98年の地元W杯で悲願の初優勝を飾ったが、この時のメンバー22人のうち、実に19人までが育成センター出身だった。
精神鍛錬難しく… エリート教育ひずみ

日仏両国間の多角的な提携協定書に調印した日本サッカー協会の川淵会長(左)と、フランスサッカー連盟のエスカレット会長=若水浩撮影
フランスサッカー連盟(FFF)との提携調印式に出席した日本サッカー協会の川淵三郎会長は「フランス連盟の力を借りることが、2050年に日本がW杯で優勝するという目標につながると信じている」と期待する。
スーパースターのティエリ・アンリ(アーセナル=イングランド)らを輩出した国立サッカー学院(INF)、そして「レ・ブルー」(フランス代表の愛称)の栄光は、この国のエリート教育の素晴らしさを世界に証明してきた。エスポワール(希望)と呼ばれる21歳以下代表など、若い世代は依然、世界トップクラスだ。ところが、最近のフル代表の成績は振るわない。
仏レキップ紙のピエールマリ・デシャン副編集長はその原因について、「1998年の成功で、フランスの若手有望選手は、国外から引く手あまたとなり、勘違いする若者が増えたからだ」と指摘する。2004年夏、フランスリーグで得点王となった当時22歳のジブリル・シセは2100万ユーロ(当時のレートで約27億5000万円)の移籍金でイングランドのリバプールに移った。だが、代表チームではいまだレギュラーに定着できないままだ。
「ジダンらの世代は代表で成功してから、多額の移籍金でビッグクラブに移籍したが、今は早くから大金を手にするため、代表で勝とうという意欲がそがれている」とデシャン副編集長。「教育で技術や戦術、体を鍛えることはできるが、精神面で子供を大人にすることは難しい」と、ため息をついた。
また、若くしてサッカーだけに打ち込む選手の“過剰生産”は、失業などの社会問題につながっている。毎年、クラブが抱える育成センターでプロを目指すエリート予備軍は約600人にも上る。しかし、プロになれるのは、そのうち80〜100人程度だ。
夢を断たれた若者は、サッカーに特化された教育を受けてきたために、ほかの職業への適応力が低い。「エリート教育を受けた若者はプライドが高いだけに、失敗した時の挫折感はより大きい。それだけに、路上で生活するような落後者となる例もある」と、デシャン副編集長は嘆く。
フランスは、世界でも有数のエリート主義の国だ。グランドゼコールと呼ばれる高級官僚や知識人の養成校を卒業した一握りの人々が、政財界のかじ取りを行っている。
しかし、エリートになれない若者たちは職にさえあぶれ、その不満が昨年の秋にフランス全土に広がった暴動事件として噴き出すなど、エリート偏重社会のひずみも表立ってきている。サッカーも社会の一部である以上、その動きと無縁ではいられない。
FFFのエスカレット会長は「選手の育成は科学ではない。ワインと同じで当たり年もあれば、そうでない時もある」。最高のワインができあがるには、熟成のための時間が、必要なのかもしれない。(パリで、若水浩)
(2006年5月11日 読売新聞)