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読売文学賞    TOP > お知らせ > 読売文学賞 > 受賞のことば

読売文学賞とは選考委員過去の読売文学賞第55回読売文学賞


小川洋子
 広大な数の世界の前に跪く数学者たちの、謙虚な姿に心打たれことが、「博士の愛した数式」を書くきっかけになりました。果たして私は、自分に授けられた言葉の世界に、感謝の気持を捧げてきただろうか、と自問せずにはいられませんでした。小説にとって大事なのは、ゼロから築き上げる、という気負いよりも、既にそこにあるのに誰も気づかれずにあるものを掘り起こそうとする、精神の謙虚な労働ではないか。そう思うようになりました。

 今回の受賞を励みに、一粒の結晶を求めて、暗い地底を掘り続けていく覚悟です。本当にありがとうございました。

唐十郎
 戯曲は声を追いかける。長崎県諫早市の漁業組合を訪ねた時、水槽に活かす何匹かの魚に向かって、青年が「やすみ、明日は必ず売ってやるからな」と話しかけているのを見た。「やすみ」と呼ばれた魚は、ぼらと似ているが、少し違うところは、目尻が赤い。その呼び名はどこからきたのかと聞くと、切り身の肉が安いと言った。諫早の取材に来て、もっとも気になるメモリーは、その名だった。潮受け堤防(別称ギロチン堤防)を間近に見たかったが、金網の中に入れず、周辺を歩きまわった後に着いたのが、「やすみ」のいる組合だった。今回、賞に選ばれて、またあの声を想起しています。
若島正
 このたび随筆.・紀行部門で受賞できたことを嬉しく思っています。というのも、わたしの本は、一直線に目的地へ向かうのではなく、寄り道をしたり、堂々巡りをしたりといった、散策とよく似た読書の回路について書いたものだからです。ただ、今回この大きな賞をいただいたことで、平地でののんびりした散策が終わって、いつのまにか登山口に立ってしまったような思いも強くしています。登るべき山は目の前にあります。これで何かを達成したのではなく、ようやく出発地点まで来たのだ、険しい道はこれからなのだ、と気を引きしめたいと思います。どうもありがとうございました。
沼野充義
 ロシアや東欧の文学という、いまどき流行らないものを主に扱いながら、夢みたいなことを書き散らしてきたが、それを載せてくださる雑誌があって、本にまとめてくださる編集者がいて、読んでくださる読者がほんの少しいるだけでなく、賞までいただけることになった。ありがたいという以上に、なんだか夢のようだと思う。ユートピアとは「いま・ここ」にないものを思い描こうとする人間の性懲りもない夢想のことだが、この欲望が尽き果てることはないだろう。夢想が恐るべき悪夢に転化しそうな気配を漂わせるこの世界だが、受賞を励みに、もうちょっとだけ書き続けていきたい。
栗木京子
 『夏のうしろ』は二〇〇一年から二年間、八回にわたって雑誌「短歌研究」に連載した作品を中心にまとめた歌集です。もともと寡作だった私には、1回につき三十首ずつというペースはかなり苦しいものでした。自身喪失の連続でしたが、悪戦苦闘する中でかえってこれまでの表現の殻を破ることができたのかもしれないと思っています。時事的なテーマに積極的に挑戦してみようと考えたのも、作歌の行き詰まりの末に、いわば捨身の覚悟を決めたからこそのことでした。

 試練の結果として誕生した『夏のうしろ』がこのような大きな賞をいただくことになり、望外の幸せを感じています。

谷沢永一
 いささかの試みでありましたが、それをも含めて御検討いただけましたことを深く感謝いたします。評論や随筆にせよ学術にせよ、引用文の扱い方は昔から問題でした。東洋史関係に至っては、原文をそのまま引用する習慣が読解のネックになっておりましただけに、論拠とする漢文に訓読をほどこした宮崎市定先生の配慮が画期的でした。国文の場合も、よほどの例外は別として、原文の要旨とそのリズムとを、論者が簡潔に言いかえて、みずからの理解するポイントを明示する方法は、論者を鍛え読者に資する意味で、必ずしも不可能はないと愚考いたします。

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