研究・翻訳賞 谷沢永一「文豪たちの大喧嘩」
洞察に満ちた好読物
論争は人気がある。そこで論争史がたくさん書かれるわけだが、みな、詰まらない。甲論乙駁(おつばく)の紹介がもたもたしているし、穏健中正な審判らしく振舞おうとするため、話が朦朧(もうろう)としてくる。ところが谷沢永一さんの本は、引用を排するという新工夫、どちらの肩を持つかを明らかにするという新手で行ったため、事柄がすっきり頭にはいることになった。
この書によって明治文壇の気風も、近代日本文学の論争好きの起源も、論争が下らないものになりがちな事情も、森鴎外が大才にもかかわらず人物としては小さいことも、よくわかる。洞察にみちたおもしろい本。文辞がときどきガラが悪くなるのには閉口するが、鼻をつまんで読めば、近来の好読物。(丸谷 才一)
たにざわ・えいいち 評論家、関西大学名誉教授・日本近代文学。1929年大阪市生まれ。80年「完本紙つぶて」でサントリー学芸賞を受賞。著書に「回想 開高健」など多数。