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    ドワンゴ

    VRはあまりに魅力的で危険すぎる…ドワンゴ(後編)

    前編から続く)

    個人が大衆をコントロールできる

    • 「VRは感情を娯楽として消費する究極の形」
      「VRは感情を娯楽として消費する究極の形」

    ――川上さんのような人は、救いをAI(人工知能)に求める必要はないのではないですか?

     そんなことはないですよ。現実世界なんか、ままならないことばかりですから。そもそも、人間がコンテンツを消費する理由を考えてみてください。

     人間は進化の過程で「感情」というものを手に入れた。(獲物を捕ったらうれしくなり、敵に遭遇したら恐怖を感じるというふうに)「感情」が刺激されることを報酬にして、厳しい生存競争をくぐり抜けるという選択をしたわけです。今は生存競争と何の関係もないのに、(進化の過程で手に入れた)「感情」だけを娯楽として消費し始めました。ある意味、とてもいびつなことをやっているんですよ。

     その究極の形がVR(仮想現実)です。もともとは現実の世界で人間自身に仕事をさせるための報酬として機能していた「感情」が、今や仮想世界に身を投じることで、人間は仕事を何もしないでももらえる報酬になった。これは夢の世界ですよ。人間にとっては一番うれしいに決まっています。気持ちよさを最適化するなら、現実じゃないほうがいい。そして、今は技術的にそれができるわけですからね。

    ――確かに、仮想の世界では私たちもヒーローになれるし、都合の良い物語を生きていくことができる。ただ、現実の世界で私たちは、日本人としてのアイデンティティーを持ち、現実社会と折り合いをつけながら生きています。自分の意見を表明したり、特定の政党を支持したり、地域で団結したり、あるいは広く国際人として活躍したりとか、社会と関わって生きている。そういう中から、常識とか世論とかが生まれた。ところが次に来る世界は、そういうものとは全然、異質の世界になるということですか?

     裏を返せば、個人単位で大衆をコントロールできる装置を、現代社会は手に入れてしまったわけですよ。最初はIT企業がそういう装置を利用する。IT企業はまず何をやるかというと、「人々に金を払わせること」です。人々の財布を狙って、マインドをコントロールしようとするでしょう。

     そして、次には国家だったり、何らかの意図を持ったイデオロギーを推進しようとする人たちだったりが、大衆を個人単位でコントロールしようとすると思いますよ。最後はIT技術を、やっぱり国家が使うんじゃないでしょうか。まさに、『1984年』(※)です。そうなりますよ。国家は強いですから。

    ※『1984年』=ジョージ・オーウェルの小説。1949年刊行。あらゆる市民生活が管理される近未来を描く。

    インターネットは誰のもの?

    • 「インターネットは『メディアを大衆が持った』という文脈でとらえられたのでは」
      「インターネットは『メディアを大衆が持った』という文脈でとらえられたのでは」

    ――でも、インターネットは「メディアを大衆が持った」という文脈でとらえられてきたのではないですか。ひとりひとりが発信者になれるという意味で。

     今までは国家がその使い方をよくわからなかったから、「大衆のもの」というような言われ方をしていましたが、ネットはむしろ大衆をコントロールする道具として、性能が良すぎるんです。国家が使い方やノウハウをためていけば、世界が『1984年』になるのは時間の問題だと思います。ネットが市民のものというのは、絶対に幻想です。ネットは体制側にあると思います。

    ――ということは、世界は今、危ないところにいるということですか。それはそれで、仕方ないことなのでしょうか?

     危ないところと言うか……。僕は理系なので、単純に「そうなってるから仕方がない」としか言えません。ネットの性格上、そういう未来は必ず来るよね、と。そうならない可能性があるのかと聞かれたら、あまりないとしか思わないです。

     もちろん「ちょっと、まずいんじゃないの」という気持ちはありますし、危機感を持っている人はいますよ。今年4月に、ジョン・ハンケさん(※)とお会いした時に、「VRはあまりに魅力的過ぎて、人類が取り込まれる可能性がある」とすごく心配していました。彼は「VRは危険すぎる。だからAR(拡張現実)をやりたい」と言うんですよ。

     「部屋の中に引きこもるだけでなく、外に出て、現実社会の中でネットを使うようになる仕組みを作りたい。そんなことを言っている人は、世界で自分ひとりくらいしかいないが、それでもひとつの可能性を作りたい」と話していましたね。そして、本当に「ポケモンGO」でそれを実行した。本当に世界を変えてしまった。世界中の、部屋の中に引きこもった人を外に引きずり出しましたよね。

    ※ジョン・ハンケ=「ポケモンGO」を共同開発した米国のIT企業「ナイアンティック」の創設者

    ――彼の抱いた危機感は、まったく正しい状況認識に聞こえるんですが、川上さんはどう思いましたか?

     その危機意識は全く一緒なんですけれど、僕個人としては(心地よい)VR(の世界)に行きたいなと思います。個人の欲望としては、ですよ。でも、欲望は危険だということも分かっている。分かっているけど、行っちゃいます。気持ちよすぎるから。

    もっと世の中に貢献せよ

    • 「ニコニコ超会議2016」の様子
      「ニコニコ超会議2016」の様子

    ――個人としてはそうかもしれませんが、IT企業の経営者として川上さんはむしろ、ネットの世界にとどまらず、現実にコミットしていこうという事業をたくさん仕掛けているように思えます。「N高等学校」(※)や、「ニコニコ超会議」(※)などがそうです。

    ※「N高等学校」=インターネットで授業を受けられる高校。学校教育法の「高等学校」に該当するので、全日制高校と同じ高校卒業資格を得ることができる

    ※「ニコニコ超会議」=ニコニコ動画のコンテンツを現実の世界で展開する大規模イベント

     確かに、VRの中に引きこもっていくという未来は、まずいと思っています。人類の歴史が終わる方向に進んでいくだけだと思いますから。そもそも、世の中に進歩してほしくないんですよ。これ以上、科学が発展しなければいいなって思います。このままの勢いで発展していくと、確実に人類の時代は終わります。

     そう思っているんですけれど、それは止められないとも一方で思っています。では、その中で自分に何ができるのかといったら、時計の針を逆転させるようなことをしたい。たとえそれが一時的なものだとしても、ひょっとしたらあだ花的なものになってしまうかもしれなくても、いくらかやりようはあるのではないかと思っています。長いスパンで見れば、それは無駄な抵抗だとは分かっています。でも、本当はそっちの側にいたいと思っているんです。

    ――そうした厳しい現実の中で、新聞社にやれることはありますか?

     IT企業というのは、基本的に(もう)けのことしか考えない会社なんですよ。もっと世の中への貢献を考えるべき、とは思いますけどね。彼らも口では「貢献」とか言っていますが、そんなことに興味はない人ばかりですよ。その中にあっては、うちは割といろいろと金儲けにつながらないこともやってきたと思います。でも、新聞社はもっといろいろな社会貢献活動をしている。新聞社って、本当に金儲けと関係ないことをやっている。

    ――そういう面も、新聞社の存在理由としてはあると思います。メディアとしての影響力が下がってきているという指摘はありますが、「新聞社だからこそ」という公的な立場を強く意識する機会は決して減ることはないですね。

     いや、実際には今でも社会に大きな影響を与えていると思う。そして、意義のあることを一番実践している存在が新聞社ですよ。これだけはずっと続けてほしいと思います。今はグローバル企業やITを通じて、世界がひとつになりつつある過程だと思うんです。新聞社がなかなかネット時代にうまくやれないという話もあるが、では日本のIT企業が生き残れるかというと、それも怪しいと思いますよ。新聞社よりも寿命が短い会社の方が、絶対に多いと思います。今、全然そんな心配がなさそうに見える企業ですらも、この先どうなるか分かりません。

    2016年10月04日 10時00分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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