<速報> 測位衛星「みちびき」3号機打ち上げ
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    ポリタス編集長

    メディアでネットと政治をつなげる…津田大介氏(前編)

     ジャーナリストの津田大介さんは、運営しているメルマガ等で鋭い社会批評、政治批評をするだけでなく、ウェブに限らず雑誌、テレビなどの既存メディアでも、積極的な情報発信をしています。様々なメディアを股にかけて活躍している津田さんに、ご自身の経験を踏まえて、ネットでの報道の在り方などについて、幅広くお聞きしました。

    有限会社ネオローグ(東京都港区)で

    聞き手・読売新聞メディア局編集部長 原田康久

    雑誌がインターネットにのみ込まれた

    • 対談する津田さんと原田部長(右)
      対談する津田さんと原田部長(右)

    ――ウェブマガジンは大変人気ですね。ウェブを使って政治的なメッセージを出すことにも注力されていますし、「週刊朝日」のコラム「ウェブの見方 紙の味方」などでもレベルの高い発信をしています。こうした政治的な、どちらかというと政策について世論を喚起する仕事には、何かきっかけがあったのでしょうか?

     もともとメディアを作ることに興味があったんですね。IT・パソコン系の雑誌ライターになったのが1997年で、ちょうど雑誌が一番売れていた時期ですよね。ライターにとっても一番いい時代で、仕事もあって、書いている雑誌も多くて、という時期です。ところが2001年ぐらいから雑誌が売れなくなり始めました。インターネットの雑誌が当時15誌あって、僕はそのうち11誌に記事を書いていました。それがどんどん休刊・廃刊になってしまい、今は1冊も残っていません。

    ――それは驚きですね。1冊も残っていないんですか?

     ひとつも残っていません。それには明確な理由があって、2001~02年くらいにインターネットが常時接続になるんですよ。ADSLが出て、ヤフーBB、グーグルが広まってきた。ネットが常時接続になり、検索エンジンが出てきて、雑誌がいらなくなったんですね。次々と雑誌がなくなっていくのを目の当たりにしました。ただ、それが今の仕事につながるきっかけになったんです。

     デジタルテクノロジーはこの先、どんなふうに世の中を変えていくのか。ビジネスも政治も変えていくかもしれない。デジタル技術によって、ものすごく情報の流れが速くなっていけば、相当社会を変えていくだろうという予感はありました。自分自身の職場が消えていくという実感の中で、その変化の最前線にいたわけです。だから、その変化の速さを取材すると逆に面白いんじゃないかなと思い、自分のテーマができてきたんですね。そういう一種の危機感の中で、ブログを02年に始めたんですよ。

    ――自分の職場が現実に消えていくという危機感が背景にあったんですか?

     そうなんですよ。これはやばい。このまま手をこまねいていると、書ける雑誌がなくなって、自分は失業してしまう。仕事があるうちに手を打とうと思ったんですね。当時は音楽が好きだったので、音楽とデジタルを組み合わせた情報を集めて、自分の意見を発表していこうと考えました。ほどなくそれが人気になりました。まだiTunes Music Storeが始まる前だから、結構早かったと思います。

    ――当時は無料で、記事を見せていたんですか?

     もちろん無料です。無料で記事を公開しているうちに、編集者の目に留まり、03~04年に「単行本出しませんか」という話になった。自分の意見やオピニオンを書く単行本を書き始めた。そのころから、単行本を書いて、講演に呼ばれるようになって、それがきっかけで「ITジャーナリスト」になったわけです。

    2016年11月08日 10時00分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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