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    上智大学

    ネット空間を耕すには…上智大・音好宏教授(前編)

     上智大学の音好宏教授はメディアを長く研究されてきました。ネットが今のように隆盛になる前から、マスメディアのありようについて多くの提言を行ってきた経験があります。その視点から、今のインターネットをめぐるメディアについて意見をうかがいました。メディアの外からメディアを見てきた人ならではの、驚くべき提案も飛び出します。
    上智大学(東京都千代田区)で
    聞き手 読売新聞メディア局次長 原田康久

    「質の高さ」から「速さと心地よさ」へ

    • 「若者たちのメディア接触の対象がネット系中心になってきている」
      「若者たちのメディア接触の対象がネット系中心になってきている」

    ――昨年の秋くらいから、ネットの問題がクローズアップされています。DeNAの著作権侵害の問題や、世界中で問題化しているフェイクニュースなどです。これら一連の状況をどう見ていますか?

     問題の一番の背景は、私たちが日常的に接するメディアが変わってきた、ということです。それが顕在化してきた。オーソドックスなメディアから、例えばSNSで世の中の情報を知るとか、検索型のサイトで今の出来事を知るとか、そういうことが、私たちのメディア接触時間の中で増えてきたのだと思います。

     特に若者たちのメディア接触の対象が、ネット系のメディア中心になってきている。これは日本に限らずアメリカなどの先進諸国で進んでいますし、中国でも同じようなことが起きています。

     以前であれば、同じ社会に住んでいるということを認識し、共通の情報を提供する装置としてのマスメディアが十分に機能して、世論が形成されていました。それが弱くなってきていると思います。

     では、そのオーソドックスなマスメディアと新しいメディアの違いとは何か。オーソドックスなマスメディアは、世の中に起こったことをそれぞれのニュース価値判断にもとづいて良いことも悪いことも伝えてきました。耳障りの悪いこともちゃんと伝えるというのが、オーソドックスなマスメディアだった。ところが、今のSNSを含めたネット系の情報は、選択的接触という度合が非常に強くなっており、メディアが「この人はこういう情報が好きであろう」というカスタマイズが非常に効くようになってきた。心地よい情報があふれるという状況が進んだのですね。

     その心地よい情報がより吟味された情報なのかといえば、そこに費用の問題が絡んできて、比較的安価に仕上げられた情報がはびこっている。すると、(記事を作る側も)コストのかからない方法にどんどん流れていく。コストがかかっていなくても、広告がついて、(もう)けが出ますからね。

     質の高いジャーナリズムは費用も高いんです、というのをなかなか認めてくれない世界になっている。言うなれば、手間暇かけて、質を担保することの価値が、人々の心にあまり響かなくなってきた。質よりは、情報が速いとか、心地よいとかいったことに価値が置かれていく状況が進んでいるのではないかと思います。

    「本人が事実と思ったことが事実だ」

    • 読者が真実かどうかも気にしなくなってきた
      読者が真実かどうかも気にしなくなってきた

    ――読者自身が自分の周りに心地よいニュースを集めがちになってきた。あるいは、去年は「ポストトゥルース」という言葉がたいへん話題になったが、真実かどうかも気にしなくなってきたと指摘されました。

     W・I・トマスという社会学者がよく言った話で、「本人が事実だと思ったことが事実だ」という言葉があります。人間は、自分にとって重要だと思ったことが、その人の世界にとっての事実だということです。ポストトゥルースというのは、(人間の本性から言えば)当然といえば当然のことなんです。ただ、今の時代はそれが顕在化してしまったということです。逆に言うと、今まではメディアが人々をつなぎとめる、結びつける役割だったのが、今ではそれぞれがそれぞれの事実で満足してしまっています。

    ――この状況は、もう元に戻ることはないんですか。

    • ポストトゥルースが顕在化している
      ポストトゥルースが顕在化している

     そこが非常に大きな課題になっているのではないかと思います。例えば、DeNAのような問題が出た時に、あのこと自体というよりは、あの一件に対する世間の反応に興味を持ちました。あの時、世の中の人たちは、「自分たちがいいと思っていたものが、実はこういう仕組みで提供されていた」と気づいたんです。世間で出回っている情報が、相当いかがわしい、いいかげんなものだったということが、あの事件で示されたのですよ。そして、オーソドックスなマスメディアは、いわば禁欲しながら記事を書いていた。週刊誌はちょっと別ですけれどね。

     逆に言うと読者はこれまで、事実をちゃんと調べて書かれた情報に接することに慣れていたせいもあって、ネット上で流れているものも最低限の事実チェックくらいはやっているだろうと思っていた。ところが、そうではなかったということに今さらながらに驚いたと思います。

    ――そんなことすら知らずに、ネットから情報を集めていたということですか。

     (情報に)何らかのスクリーニングはされているだろう、くらいには感じていたと思います。少なくともオーソドックスなマスメディアと同じではないにしても、一定の記事審査なりはしているんだと思っていたのではないでしょうか。

    2017年07月25日 17時35分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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