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空気を使わないタイヤ「AirFree」はなぜ生まれた?
"共創"で未来を変えるブリヂストンの挑戦

東京都小平市のBridgestone Innovation Parkにて、(左から)ブリヂストン岩淵氏、草野氏、太田氏に話を聞いた


 ブリヂストンはいま「空気を充填する」「黒い」といった従来の常識を覆すタイヤ「AirFree」の開発と実証実験を推進しており、その技術は月面探査という極限環境への応用も視野に入っています。世界的なタイヤメーカーとしての地位を確立してきた同社はなぜ、どのようにこの挑戦に取り組んでいるのでしょうか。東京都小平市にあるBridgestone Innovation Park(新しい価値を創造するブリヂストンのイノベーション拠点)、その中核を担うOpen Innovation Hubで、3人のキーマンに話を聞きました。

ご登壇者

草野智弘氏
株式会社ブリヂストン
執行役 CIO(Chief Innovation Officer)
岩淵芳典氏
株式会社ブリヂストン
探索事業開発部門 探索事業 AirFree開発推進部長
太田正樹氏
株式会社ブリヂストン
新モビリティ事業部門長

イノベーション創出のカギは「社外とのつながり」

ー ブリヂストンではいまイノベーション創出に力を注がれていますが、その理由は?

草野 近年は国内外で環境問題や資源循環、エネルギーといった社会課題が複雑に絡み合っており、こうした課題に応えうるイノベーションの必要性が高まっているからです。
私たちはイノベーションについて「こうすれば必ず生まれる」という方程式はないと考えています。そこでまず、いろいろな先進企業を訪問し、参考にさせていただきながら、ハードとなる場をつくりました。それが2022年4月に開設したこのBridgestone Innovation Parkであり、中でも中心的な役割を担うのがここ、Open Innovation Hubです。


Bridgestone Innovation Park
Open Innovation Hub
一方で、ソフトの部分、すなわちイノベーションの生み出し方については、試行錯誤しながら、自分たちに合ったスタイルを見つけるしかありません。よく「イノベーションは技術と技術の組み合わせから生まれる」といわれますが、技術の組み合わせ自体は、通常業務の中でも行われています。そうした既存の取り組みの延長にない、より大きく新しい価値を生み出すには、これまでとは異なる発想が求められます。
さらに、社会課題の解決につながる製品やサービスを生み出すことはもはや一つの企業だけでは難しくなっており、どうしても複数の分野をまたいだ取り組みが必要です。ブリヂストンとしても、他の企業や行政の皆さんとつながり、協力することの重要性が高まり続けています。

パートナー選定では「ビジョン」を最重視

ー 社外の連携相手を選ぶ上で重視されていることは?

草野 我々が重視しているのは「ビジョンドリブン」という考え方です。以前は、パートナーを探す際に「技術的に相性がよいか」「事業として組みやすいか」といった観点で考えることが多かったのです。ところが、そうした観点で進めると「これはできない」「この条件は飲めない」といった消極的な利害の議論に終始しやすく、求めていたような成果がなかなか得られませんでした。
そうした経験を重ねたことで、相手の持つ技術や事業より「どんな社会を目指すのか」「世の中にどんな価値を提供したいのか」といったビジョンを重視すべきだと考えるようになりました。ビジョンを共有できる相手となら、「その実現のために何ができるか」という前向きな話し合いができます。当然ながら結果として、共創も進みやすくなるのです。

ー うまく共創できた事例としては、どのようなものがありますか?

草野 例えば、ENEOSさんと一緒に取り組んでいるタイヤのリサイクルです。使用済みタイヤを資源として捉え直し、熱分解によって油やカーボンブラックといった形で原料に戻し、再びタイヤづくりに活用していく。この取り組みは国のグリーンイノベーション基金事業にも採択されています。
ブリヂストンはタイヤの熱分解プロセス開発を担い、ENEOSさんはエネルギー・化学の知見を活かして、得られた分解油からタイヤに使用する合成ゴムの素原料化を担う。それぞれの強みを持ち寄ることで、使用済みタイヤを資源として循環させる仕組みの実現を目指しています。
この仕組みは我々とENEOSさんとで「循環型の社会を実現する」というビジョンが一致しているからこそ、実現しているのです。
ブリヂストンは、サステナビリティを経営の中核に据え、商品を「創って売る」、「使う」(※)、原材料に「戻す」というバリューチェーン全体で、カーボンニュートラル化、サーキュラーエコノミー、ネイチャーポジティブの実現とビジネスを連動させる独自のサステナビリティビジネスモデルの確立に取り組んでいる。
※リトレッド(すり減ったタイヤを再利用するために表面のゴムを貼り替えること)など、お客様が「使う」段階で商品の価値を増幅するソリューション事業

開発の危機的局面を乗り越えた「AirFree」

ー 「AirFree」の開発はいつ頃、どのように始まったのですか?

(左から)第1世代、第2世代、第3世代の「AirFree」

岩淵 開発は2008年から始まりました。「10年後、20年後のモビリティを見据えて、新しいタイヤのあり方を考えよう」という志をもってスタートしています。特徴的なのは、最初からサステナビリティを中核においていたことです。リサイクルできることを前提に設計されており、その考え方は第1世代から第3世代まで一貫しています。

ー 開発者の視点で、従来のタイヤと一番違う点は?

岩淵 空気を使わずに荷重を支えるという点です。従来のタイヤは空気の力で車体を支えていますが、「AirFree」は構造と素材によってそれを実現しています。そのため、衝撃の吸収や耐久性、乗り心地といった性能も、これまでとは異なる考え方で成立させる必要があります。
どのような構造にすれば荷重を支えられるのか、どのような素材を使えば耐久性を確保できるのか、評価をどう行うのか―従来の延長では考えられない部分が多く、開発は手探りで進めていく必要がありました。

草野 第3世代では、構造を歪ませることで力を分散させるという考え方に変わってきました。素材の性能と構造設計、さらにAIによる最適化を組み合わせることで、新しいアプローチが可能になっています。

ー 開発はずっと順調に進めてこられたのですか?

草野 いえ、実は2021年頃には危機的な局面を迎えていました。技術としては一定の形になっていたものの、どのように事業化していくのかが見えず、「このまま続けるべきなのか」という議論も含めて、改めて方向性を問い直す必要があったのです。
従来のタイヤの延長として評価しようとすると、どうしても重さや走行性能といった既存の評価軸で比較され、相対的に見劣りするように受け取られてしまうという難しさがありました。
そこで私たちは発想を切り替え、「AirFree」を「働く車輪」として捉え直しました。どんな場面で、どんな価値を提供できるのかという視点に立ち戻ったんです。これが大きな転機になりました。

社外からの反応で改めて価値・意義を認識

ー 「AirFree」の開発は、社内にも変化をもたらしましたか?

岩淵 ええ、最も大きかったのは、技術者が社外に出て共創パートナーを探すようになったことだと思います。我々の部門では従来、実験室の中で完結する仕事が多かったので、そこから外に出て対話するというのは、各人の気質的にも正直かなりハードルが高い取り組みでした。
実際には、リアルやオンラインを通じて法人・個人を含めて50社ほどにアプローチしました。いわゆる“塩対応”や門前払いのような反応をされることもありましたが、関心を持って話を聞いてくださる方や、新しい視点をいただける場面も多くありました。
そうしたやり取りを重ねる中で、自分たちの技術がどんな価値を持つのか、どんな課題に応えられるのかを改めて考えるようになりました。結果として、「AirFree」の価値や意義を自分たち自身がより強く認識できるようになりましたし、仕事への向き合い方も変わってきたと感じています。

草野 共創パートナー探しにおいては「試作品を持って会いに行く」ということを実践しました。実際の試作品があると、相手も具体的にイメージしやすくなり、議論が進みやすくなるのです。
実はこの進め方は、かつてゴム人工筋肉の技術を用いた画期的な新製品開発(ソフトロボットハンド「TETOTE」)でも行ったものでした。その中でパートナーが見つかり、社内ベンチャー化につながったという手応えがあったので、「AirFree」でも実施したのです。

ー 「AirFree」の共創の事例について教えてください。

草野 出光興産さんとの取り組みがあります。サービスステーションを起点としたモビリティの構想と、「AirFree」の特性が一致し、共創が進みました。実際に出光興産さんの構内で走行するなど、具体的な活用も始まっています。
「AirFree」はパンクしないためメンテナンスの負担を抑えられるし、視認性の高い青色のスポークによって安全性にも寄与できます。これらの特長は、構内での運用や地域の移動手段としての活用といった文脈の中で評価されています。
我々はこうしたイノベーション創出の取り組みを「共感・共議・共研・共創」というプロセスで捉えています。まず共感があり、議論し、研究し、最終的に共創に至る。この流れを経ることで、価値が具体化していくのです。

活躍の場は全国の地域、そして月へ

ー 現在の進捗状況について教えてください。

太田 実際に使っていただくことを重視し、自治体と連携した実証から実装に向けた準備を進めています。例えば、東近江市や富山市、杉並区などで取り組みを行っています。中でも、時速20km未満で走行する小型の移動手段であるグリーンスローモビリティとは相性がとても良いのです。
グリーンスローモビリティは速さよりも安全性や安定した運行が重視されるため、パンクしないという「AirFree」の特長が活きやすい。運行を止めないことが求められる場面において、その価値が評価されています。

ー 「AirFree」に対する現場からの反応はいかがですか。

太田 見た目からは「硬そう」という印象を持たれることが多いのですが、実際に乗っていただくと「違和感がない」という声が多く聞かれます。また、青いタイヤは薄暮の時間帯などでも視認性を最大化できるため、安全性の向上や地域での認知拡大といった点でも評価されています。技術的な価値だけでなく、そうした“見え方”も新しい価値となっています。

ー 「AirFree」の技術は、月面探査用タイヤにも応用されているそうですね。

太田 そうなんです。月面探査車用タイヤの開発においては、これまでブリヂストンが経験してこなかった厳しい要件が求められ、従来の発想では対応が難しい局面がありました。そこで「空気を使わない/使えない」という共通点から、社内の別部門で開発していた「AirFree」の構造が参考になるのではないかという発想が生まれたのです。
部門を越えた連携によって新しい構造の可能性が見え、厳しい要求に応えられる見通しが立ちました。社外との共創に加え、社内でもこのような共創が生まれたこと自体、新しい取り組みの成果だと考えています。



ー 「AirFree」は今後、社会にどのような価値を提供していくのでしょうか。

草野 地域の高齢化や人口減少が進む中、移動手段の確保は大きな課題です。パンクによるトラブルやメンテナンスの手間が減らせる「AirFree」は、運行を止めないモビリティの実現に貢献できると考えています。
また、こうした技術には、異なる分野での開発や実証を通じて価値が磨かれ、別の領域へと広がっていくことが期待されます。月面探査用タイヤとの関係もその一例です。極限環境での技術開発は、製品の信頼性や耐久性を高めることにもつながり、その成果は地上での活用にも還元できると考えています。
こうした取り組みを通じて、私たちは今後も社会課題の解決につながる価値を提供していきます。





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