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「いろんな人に見てもらいたい」その一言に込めた思い

自主公演で鑑賞サポート 歌舞伎俳優 尾上右近さん

 歌舞伎俳優の尾上右近さん(33)は自主公演「研の會(かい)」で、より多くの方が舞台を楽しめる鑑賞サポートに取り組み、会場で手話通訳などを導入しています。自主公演は、芸術文化分野のアクセシビリティ向上を推進する東京都と公益財団法人東京都歴史文化財団 アーツカウンシル東京の助成事業(※注)にも選ばれています。右近さんに鑑賞サポートを始めた理由や、幅広い人々に歌舞伎の魅力を伝えようとする思いを聞きました。

「歌舞伎を理解できて楽しめる」その感覚は僕と地続き

――鑑賞サポートを始めたきっかけや理由を教えてください。

「世の中で歌舞伎に触れるきっかけは、一般的にもまだまだ少ないと思うんです。そうした中で、障害を持っている方が見たいという気持ちがありながらも内容を理解できないから楽しめないということが、きっとあると思っていて。何かできることがあるならばやってみたいと僕は常々周りに言っていたんです。その思いをくんで事務所のプロデューサーが実際にできることを見つけてきてくれて、(2024年の)研の會第8回公演で初めて導入しました」

2025年の自主公演で獅子の精を舞う 右近さん(右)©田口真佐美

 ――障害を持っている方にも見てもらいたいという思いは、いつ頃から、どのような流れで芽生えたのでしょうか。

 「けっこう子どもの頃から思っていました。例えば、聞こえない、聞こえづらい方はセリフなどを文字情報で補うことによって歌舞伎の内容を理解できて楽しめるようになると思うのですが、それは、僕自身が子どもの頃から先輩の役者さんに舞台の意味を教えてもらうことで歌舞伎を楽しめるようになってきた感覚と地続きだと感じています。わからないことがわかるようになって、より楽しめるという実感を僕自身が得てきたので、特別なことというよりは、広くいろんな人に見てもらうという文脈の中でやっています」

 研の會では2024年と25年の公演で鑑賞サポートを導入した。セリフや効果音が舞台の進行に合わせて表示されるタブレット型の字幕ガイドを一部の座席に取り付けたほか、観客に台本を貸し出したり、受付や物販コーナーなどで手話通訳の対応をしたりしている。

 自主公演で貸し出した台本を紹介する右近さん

1通のメッセージカード

――実際に鑑賞サポートを利用したお客様の反応はいかがでしょうか。

 「利用したお客様から2か月ほど前に、メッセージカードをいただきました。サポートによって理解できることがたくさんあって、より歌舞伎が面白いと実感できるようになった、お友達を誘えるようになったと書かれていました。僕からすれば、その方自身が内容を理解できて、これからも歌舞伎を楽しめるようになったことだけでも十分うれしいんですけど、歌舞伎を好きな誰かが他の誰かを誘ってつながっていく、そういう輪の中に障害を持った方もいてくれるということがうれしいなと思いました。カードは大切に保管しています」

 「公演後の物販コーナーは僕がお客様と直接お話しさせてもらう機会で、手話通訳の方も横にいてくれます。舞台が終わった直後なので僕も興奮状態なのですが、その興奮を味わってもらうのも観劇体験として捉えてもらえたらうれしいですし、その時間を共有することで思い出に残るような時間にしてもらいたいという気持ちでやっています。そこに手話のサポートに入ってもらうことで分け隔て無く、いろんなお客様と関われる。お互いにコミュニケーションがとれるというのは、こちらにとってもとても貴重な時間ですね」

公演会場に設けた字幕ガイドの貸出場所。手話通訳者も配置した(研の會提供)  

――字幕ガイドなどを導入した後、演技や表現の仕方で変わってきた部分はありますか?

「カードをいただいてすごく思ったのは、届いているんだという喜びと同時に、どんな人にも伝わるように演じる必要があるということでした。実際の導入や貸出に関することは僕のスタッフたちがやってくれていて、僕の仕事は舞台でお客様に感動を渡していくこと。歌舞伎を盛り上げたいという僕の気持ちをスタッフにくんでもらうためにも、舞台人として質を高めていく、役者として研磨していくことをより意識するようになったのが一番大きいと思います」

 芸術文化やスポーツを誰もが楽しめるようにしていく取り組みは、2025年に東京で開催された世界陸上やデフリンピックをきっかけに加速している。

歌舞伎の世界も、お客様に対してもボーダーレスに

 ――鑑賞サポートを普及させていく意義については、どう感じていますか。

鑑賞サポート普及に向けた思いを語る右近さん

 「僕自身は歌舞伎に対して、一握りの人しか楽しめないコミュニティーになってほしくないという思いがあります。自分自身の立場のことで言えば、歌舞伎はいわゆる世襲の世界と言われる一面もありますけど、歌舞伎俳優の家の生まれではない自分が歌舞伎の主役をやらせてもらうことで世襲の世界ではないと実感しています。そういう意味で、区切られることに対する抵抗が自分の中でも、けっこう大きいかもしれない。歌舞伎の世界もお客様に対してもボーダーレスでありたい、あってほしいという気持ちです」
 「一つ何かを行うことでフラットになるのであれば、それはやっぱりやるべきだと思うんですよね。鑑賞サポートは歌舞伎の公演すべてにあった方がいいと思いますし、自主公演で取り組んでいるのは、知ってもらうきっかけになればという感覚です。かといって、あんまり他の人に押しつけることでもない気がしているので、気付いてくれた人たちに広がっていったらいいなと思っていますね」

 ――例を挙げると、字幕ガイドは座席のタブレットと舞台を見るため目線が行き来してしまいます。今後、アップデートさせたいところはありますか?

字幕ガイドのタブレットを取り付けた座席 (研の會提供)

「例えば、セリフなどをフルで表示してほしい、超重要なところだけを表示してほしいといった、どの程度サポートされたいか段階分けがあってもいいかもしれないですね。あるいは、字幕ガイドがほしいタイミングでボタンを押すと流れるという仕組みも考えられるでしょうか。やはり舞台を見てもらいたいですし、取り組んでいくうちに、よい塩梅にたどり着けそうな気がします」

タブレットにセリフなどが表示された字幕ガイド (機材:株式会社イヤホンガイド提供)

 ――最後に、障害のある人もない人も幅広い人々に芸術文化を楽しんでもらえるようメッセージをお願いします。

 「自主公演で鑑賞サポートを実施できたことは、役者側に(幅広い人を迎える)意識があるという一つの意思表示になったと思うんですよね。“いろんな人に歌舞伎を見てもらいたい”という一言を僕が発する以上、興味を持ってくれる全ての方を確実に迎え入れられる環境をつくっていきたい 。その一環として、鑑賞サポートについて自分ができる発信をしていきたいです。研の會は10回目の今年で区切りとする予定ですが、自分が公演の座長という立場になった際には舞台で鑑賞サポートを導入していきたいと思っています。 これからも自分にできることをやって歌舞伎の可能性を広げ、多くの人に楽しんでもらいたいです」


尾上右近(おのえ・うこん)
歌舞伎音楽 の一つ清元宗家・清元延寿太夫の次男。曽祖父は六代目尾上菊五郎、母方の祖父は俳優鶴田浩二。2000年に7歳で初舞台、05年に二代目尾上右近を襲名。15年に「研の會」を初開催。25年の国内演劇を対象にした第33回読売演劇大賞で「杉村春子賞」を受賞。26年の大河ドラマ「豊臣兄弟!」 に足利義昭役で出演。

(※注)東京芸術文化鑑賞サポート助成 誰もが芸術文化を楽しめる社会を実現するため、東京都内で実施される音楽や演劇、美術、伝統芸能などの公演や展覧会の取り組みに助成する制度。舞台手話通訳やバリアフリー字幕、音声ガイドなどが対象となる。