歴代竜王が登壇し、将棋の楽しさや奥深さを伝え、子どもたちの考える力を育む恒例の将棋イベント「竜王セッション」。今年は6月28日(日)に、代々木ゼミナール本部校「代ゼミタワー」で開催されました。トークセッションでは、「棋士の探究力を紐解く」をテーマに、糸谷哲郎九段、中村太地八段と、SAPIX YOZEMI GROUPの髙宮敏郎共同代表をゲストに迎え、集中力アップや壁を乗り越えるコツなどが語られました。
将棋と学業を交互にバランスよく取り組むことが両立を続ける秘訣
鈴木 今年のテーマは「棋士の探究力を紐解く」です。まず、将棋と学業との両立についてうかがいます。糸谷九段、中村八段とも中学受験の経験者ですね。出身中学校や奨励会に入会した時期について教えてください。
糸谷 私は広島学院中学校・高等学校出身です。奨励会には小学4年生で入会し、小学6年生の時は奨励会のあった大阪で夏期講習を受けて中学受験に臨みました。懐かしいですね。
髙宮 カトリックの名門男子校で、広島の進学校の一つですね。
中村 私は早稲田実業学校の出身で、中学に入学するタイミングで、同校が東京・早稲田から自宅近くの国分寺市に移転されることになり、運命を感じました。校舎がきれいで、系属校であることも志望校に選んだ理由です。一方で奨励会の入会試験が小学6年生の8月にあり、中学受験とのダブル受験になりました。
髙宮 小学6年生の8月は夏期講習で最もきつい時期ですから、大変でしたね。
鈴木 将棋と学業はどのようなバランスで取り組んでいましたか。
中村 その時々で優先すべきほうを考えて行動しました。ただ、どちらかに偏り過ぎると集中力が途切れてしまうので、両方を切り替えながら取り組んでいました。また、受験勉強では教科を替え、将棋では詰将棋や対局などと内容を替え、飽きずに続けられるよう工夫しました。
鈴木 将棋の棋士をめざしていたのに、なぜ中学受験をしたのですか。
中村 奨励会に入会しても棋士になれるのはわずか2割ほどです。挫折した際の選択肢を広げられるよう、両親と大学進学を約束しました。
糸谷 私も奨励会に入会するに当たり、両親に大学進学を勧められました。やはり、狭き門であることとともに、職業に関わらず学問は大切だという考えもあったようです。自分でも奨励会への入会とは別に勉強はしなければならないという認識があり、また、進学によって学びが広がるだろうという思いがありました。
仲間と切磋琢磨できる環境がモチベーションアップの原動力に
中村 実際、大学に行って良かったです。たくさん友人ができ、卒業後も連絡を取り合い食事に行くと、企業で働く友人のがんばりや社会の仕組みについて知ることができ、自身の引き出しも増えます。悩み事も彼らから助言をもらうことで、客観的に捉え直せます。
髙宮 中村八段は、早稲田大学在学中にゼミの論文が賞を獲られたそうですね。
中村 共著論文だったので、友人に恵まれました。選挙データを分析するゼミで、原因と結果を論理的に組み立てていく作業は、将棋と共通点があり興味深かったです。学びを広げたり、多彩な人と接したりすることで視野も広がりました。
糸谷 私も大学での経験は、とてもポジティブに捉えています。将棋では勝負中心に物事を考えてしまいがちですが、専攻した哲学科では将棋界にはない考え方に触れ、思考の幅を広げることができました。大学で得た最大の恩恵です。
髙宮 大学卒業後も大学院の修士課程で学ばれたのは、なぜでしょうか。
糸谷 哲学は範囲が広く、4年間ではやり通したと言えないことも多かったので、より研究を深めたいと思ったからです。
中村 哲学的な考え方が将棋に生きていると感じることはありますか。
糸谷 偏見を疑い、固定観念を取り払って考えられるようになったことです。例えば、将棋では一般的に矢倉の形が逆になると嫌悪感を覚えますが、実はそれほど悪い態勢でもない、といったことです。
髙宮 先日のタイトル戦で、初手に端歩を指すという意表を突く戦法を選ばれた理由が分かった気がします(笑)。
中村 歴史に残る素晴らしい棋譜を残されました。その強さを誇りながらも、定跡にとらわれない自由さをタイトル戦で体現されていたのが格好良かったです。
糸谷 ありがとうございます。AIの台頭によって将棋の幅が狭まったともいわれていますが、人間が把握できていない探究の幅はまだまだあって、それを自由に広げ、探っていくことも将棋の楽しみ方の一つだと思います。
鈴木 中村八段は中学受験当時、どのような一日を過ごしていましたか。
中村 学校から帰宅後、詰将棋をしたり、定跡書を読んだりして、塾には週3回通っていました。優秀な生徒が集まる校舎に移った際、初めは苦戦しましたが、持ち前の負けん気で克服し、今はその環境で学べたことに感謝しています。
髙宮 クラスに同じ目標に向かってがんばれる友人がいることは大切ですね。
糸谷 私の場合、将棋も勉強も人に「やらされる」のではなく、自分のペースで自発的に「やる」ことが重要でした。切磋琢磨できる塾の仲間や、同年代の将棋のライバルの存在は、大きなやる気につながりました。
髙宮 先輩・後輩の活躍は励みになりましたか。
中村 藤井竜王は、私が「人知の範囲を超えている」と諦めていた難解な局面でも、突き詰めて最善手を指されます。がんばれば自分にもできるかもしれない、と開眼しました。
糸谷 先輩棋士では、谷川浩司先生や羽生善治先生は幼い頃の私にとってスターでした。おこがましくてライバルとは言えませんが、いつかそこに辿り着ければと憧れていました。
鈴木 二人は学校の勉強は好きでしたか。
中村 コツがつかめた瞬間は楽しかったです。つらい時期もありましたが、それを乗り越えたからこそ得られるものもあります。将棋も学業もすぐには結果が出ませんが、後の成長につながると思うと、がんばれました。
糸谷 私は試験が好きなんです。勉強するにつれてテストの点数が伸びていくのがうれしくて、ひたすら問題を解き続け、ゲーム感覚で楽しんでいました。
失敗は反省材料の宝庫 気分転換後、冷静に振り返りを
鈴木 続いて、事前に皆さまからいただいた質問に登壇者が回答します。
── 将棋で負けが続いた時、どうやって気持ちを切り替えていますか。
中村 結果ばかりに目を向けず、良かった点に注目すると、自分の上達度合いが見えて前向きになれます。また、人生という長いスパンで考えると、気持ちが少し楽になりますよ。私も小学生の時に大一番の大会で惨敗しましたが、それを機に奮起したおかげで、今の自分があると思っています。
糸谷 私の場合は「ふて寝」が最適解です。負けてつらい時は感情的になったり、ネガティブになったりしてしまうので、まず風呂で体を温め、部屋を真っ暗にして布団に潜り込みます。負けた将棋は反省材料の宝庫なので、翌朝リセットした頭で冷静に振り返るのがお薦めです。
── やる気がわかない時、集中力を取り戻すためにやる行動はありますか。
糸谷 お茶を入れる、顔を洗うなど5分、10分でできる簡単なルーティンを決めておくと、スムーズに切り替えられます。
中村 対局中に集中力が途切れそうな時は、集中力が高い人になりきります。私はテレビドラマで福山雅治さんが演じたキャラになりきり、頭の中にテーマ音楽も流していました。
鈴木 実におもしろい(笑)。
糸谷 意外な手が出ましたね。初耳です。
鈴木 さて、本日の会はいかがでしたか。
髙宮 お二人の集中力や切り替え上手の秘密が少し分かりました。ご参加の皆さんも、ぜひまねしてみてください。
糸谷 勉強になる話も多く、小学生時代の自分を思い出して懐かしくなりました。
中村 話をすることで自分自身の考えも整理できましたし、大勢のお子さんにお会いして初心を思い出し、改めてがんばろうという気になりました。
鈴木 本日はありがとうございました。
第2部 模範対局
棋士のすごさを感じよう!
〜トップ棋士の実力に触れる交流イベント〜
第2部では糸谷九段と中村八段による目隠し将棋が行われました。これは、盤駒を使わずに頭に思い浮かべた棋譜を読み上げながら進める対局方法です。来場者は、両棋士の背面に投影されたスクリーンで棋譜を確認しながら、勝負の成りゆきを見守ります。
脳内将棋は十数年ぶりという両棋士。糸谷九段の先手でスタートし、互いに滑り出しは順調でしたが、糸谷九段が角打ちによる猛攻に転じると、中村八段は終始守勢に。「長考したい」という中村八段に、鈴木女流三段は無情にも10秒将棋を課し、「1、2、3……」とカウントを開始。会場は一斉に大きな笑いに包まれました。対戦は約15分間続き、終盤手前で終了。最後に互いの持ち駒を問われた糸谷九段は、正確に回答して会場を驚かせました。
その後、両棋士による詰将棋対決が実施されたほか、過去の対局を例題に子どもたちが次の一手を当てるクイズも実施。12年前の盤面を記憶して答えを披露する超人的な棋士の記憶力に、子どもたちはどよめき、羨望のまなざしを送っていました。
主 催 読売新聞社
協 力 日本将棋連盟
特別協賛 SAPIX YOZEMI GROUP