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11月11日は「介護の日」ハリー杉山さんスペシャルインタビュー
人生を楽しむこと 忘れないで

知的で親しみやすいキャラクターで活躍するタレントのハリー杉山さん。若くして認知症の父親を介護した自身の経験と、介護している方々への思いなどを語ってくれました。

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認めたくなかった「永遠の相棒」の異変

子どもの頃のハリーさんと父・ヘンリーさん

── お父様はジャーナリストとして活躍し、「ニューヨーク・タイムズ」東京支局長などを務めました。ハリーさんにとってはどのような存在でしたか。

真似のできない仕事を残した尊敬する人物であるとともに何でも話せる相手でした。常に人生の前方に、目指す「ともしび」としてありながら「永遠の相棒」という感覚もありました。

── お父様の様子に異変が現れるのはハリーさんが20代の頃です。

親交があった三島(由紀夫)さんの影響で15分前行動を徹底していた父が、予定をドタキャンしたり光熱費の支払いを忘れたりといったことを繰り返すようになったのです。僕自身は芸能界でチャンスをつかみかけていた頃でしたが、仕事に集中できないくらい父の状態は悪化していきます。

── どのようなことがありましたか。

夜中の3時にスーツを着て仕事に行こうとしたこと、血だらけで路上に倒れているのを発見されたこともあります。大変なことは他にもありましたが、僕と母はどう対処すればいいかわからないまま「家族は自分たちで支えるもの」という考えのもと在宅介護を続けました。フラストレーションをためて、父との関係はぎすぎすしたものになっていきます。

認知症の診断を受けても、なかなか認められませんでした。「無敵の父がまさか」という思いで、情報もシャットアウトしていた。もっと早く向き合おうとしていればという後悔が残ります。知識がないばかりに父に苦しみを与えてしまったし、僕たちも苦しみました。

入所で心の余裕 父も生き生き

── 2017年に特別養護老人ホームへの入所を決めます。

いっぱいいっぱいの状況になって、プロに任せたほうがいいと判断しました。介護従事者の方々の仕事ぶりはすばらしく、入所後、父は人間らしい感情を取り戻し、表情も生き生きしていきました。僕と母は寝られるようになり、心の余裕が生まれ、父に対して厳しい言葉を口にすることがなくなります。僕自身も仕事に集中できるようになりました。父と僕ら家族、施設のきれいなトライアングルのもとで生活は安定し、「救われた」と思いました。その時の施設への感謝の気持ちは、どんなに語ろうとも語りきれません。

── その過程でハリーさん自身、認知症や介護について学びます。

認知症の方への接し方や、認知症イコール人生の終わりではないことを知りました。やり方次第で仕事もできるし人生をエンジョイすることもできる。僕は週に2、3回は父に会いに行くようにしていましたが、駅伝選手が使っているリラックス効果があるクリームで全身をマッサージしたり、父の好きな60、70年代のロックを聴かせたり、外食に連れだしたりと、いろいろなことを試しました。波はありましたが、調子のいいときは活力が感じられたものです。

── コロナ禍はいかがでしたか。

面会が難しくなって、なかなか父と会うことができなくなりました。その間に父は何度も誤嚥性肺炎になり、危険な状態に陥っては持ち直して、ということを繰り返します。最後は入院していた病院から施設に戻し、つきっきりで介護しました。嚥下が困難になり、食事の介助では食べ物が喉元を通るのに1時間近くかかるなど、大変な忍耐力が求められました。亡くなったのは2022年4月のことです。1、2日しかもたないといわれていましたが、結局3週間生きました。やれることはやれたという思いがあります。それだけに最初の対処への後悔が残っています。

助けを求めることをためらわないで

── 介護している方々に伝えたいことはありますか。

自分にとって大切な人をサポートするのは美しいこと。まずは「お疲れ様」と伝えたいです。そんな中、大切な人だからこそ全力投球の介護になりがちかもしれませんが、自分自身の人生の喜びを忘れないでください。むしろ、そういう喜びを最優先してほしいと思います。介護されている側も、介護者がつらそうにしているより、やりたいことを楽しんでいるほうがうれしいはずです。そのためにも頼ること、助けを求めることは大切です。僕はそれがなかなかできず苦い経験をしました。同じ思いをしてほしくありません。このメッセージを伝えることは、僕に与えられた運命的な仕事だと思っています。

── 社会としても取り組まなければいけない課題ですね。

人生100年時代といわれる中で、介護施設は社会のオアシス的な場所として認識されるべきだと思います。介護従事者の社会的な地位を高めることも大切です。認知症や介護についての知識の重要性も感じます。学校のカリキュラムに取り入れるなど、子どもの頃からの教育も必要ではないでしょうか。

── 最後に読者に向けてメッセージをいただけますか。

介護は誰もが通る可能性のある道、決して暗く話すことではないと思います。自分や家族にとっての人生の黄昏時をどう生きるか。年齢に関係なく、みんなが考えるべきことではないでしょうか。

ハリー杉山さん
ハリー・すぎやま 1985年生まれ。2012年からフジテレビ「ノンストップ」に出演、16年からJ-WAVE「POP OF THE WORLD」のナビゲーター。
ランニングスキルを生かした仕事でも活躍中。
父は英国人ジャーナリスト、ヘンリー・S・ストークス。

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