東日本大震災の被災地・岩手県釜石から西を目指して旅を続ける1頭の犬、多聞(たもん)。その旅路で出会う人々との心の交流を描いた直木賞受賞作『少年と犬』が待望の映画化。原作者の馳星周さんと、多聞と出会って本当の自分を取り戻していく女性を演じた西野七瀬さんが、本作に込めた思いや犬の魅力を語り合った。
犬と出会い変わっていく人々を描く
─── 原作『少年と犬』の執筆のきっかけや、読後の感想をお聞かせください。
馳 僕は長い間ノワール小説を書き続けてきましたが、40代半ばからは自分が本当に好きなことを書こうと思うようになりました。そうして書いたものの一つが、大好きな犬を軸にした本作です。でも、基本、この世の中は温かい話ばかりじゃない、そんな生易しいものじゃないよと思っているので、ノワールの名残も感じてもらえるのではと思います。
西野 原作を読んで、その甘くないところに現実味を感じました。特に私が演じた美羽の物語は悲壮感にあふれていて、もし多聞と出会わなかったら彼女はどうなってしまったんだろうと思わずにはいられませんでした。
─ この作品を通して伝えたいことは何でしょうか。
馳 一番は皆にちゃんとした飼い主になってほしい、一緒に幸せに暮らせるようにしてほしいということ。犬の話はいつもそういう思いで書いています。
西野 美羽は秘密を抱えてはいますが、本来はごく普通の優しい子で、ただ出会う人に恵まれなかっただけ。観る方にもそれが伝わったらいいなと思います。
美羽役が新たな自分を知るきっかけに
西野 美羽はほとんど笑わないんです。私にとっては新たな挑戦で、この役をいただけて本当にうれしく思いました。撮影中は、自分でも見たことのない表情や味わったことのない感情になる場面も多かったです。
馳 自分では経験していないことを想像して表現するのは大変だろうなと思います。でも、言ってみればお互いそれが仕事であり、楽しみでもありますね。
西野 本当にそうですね。今回は美羽の感情の動きに応じて素直に、同じ感情になって演じられた気がします。今までこういったことはあまりありませんでした。
─ 本作では犬の多聞が人に変化をもたらします。犬との印象的な思い出があれば教えてください。
西野 以前は実家で犬を飼っていました。今も犬は大好きで、よくSNSで色々な犬の画像を見ています。
馳 僕も犬が大好きで今はアイトールと名付けた犬と暮らしています。これまで5頭を看取ってきましたが、いずれも悲しみより共に楽しい時間を過ごせた喜びの方をより強く感じました。
打算のない「無条件の愛」に触れて
─ 犬が持つ力や魅力をどう感じていますか?
馳 犬は打算のない無条件の愛を教えてくれる先生だと思っています。それに、先々の死を怖がるより、今、共に生きる時間をいかに充実させるかを考えるべきだと気づかせてくれました。
西野 映画で多聞を演じたさくらちゃんにもそんな力がありました。目が合うと自分の奥底を見透かされているような気がして、犬だけが持つ力、人に影響を与える力を感じました。
─ 読者に向けてメッセージをお願いします。
馳 『少年と犬』は多聞と出会うことで変わっていく人々の物語です。原作は六つの短編から成っていて、その中では震災の被災者への思いや、満ち足りた死もあるという僕なりの考えも表現しました。それぞれの人物の心情や変化を受け止めてもらえたらと思います。そして、犬が好きな人はぜひちゃんとした飼い主になってください。
西野 犬が好きな方は特に、ぜひこの作品に触れてほしいなと思います。私は原作や撮影を通して、犬の不思議な力を改めて感じました。映画を観て、同じように感じる方がいたらうれしいです。
Story
震災から半年後の宮城県仙台。職を失った青年・和正(高橋文哉)は、同じく震災で飼い主を亡くした1頭の犬・多聞と出逢った。和正とその家族に瞬く間に懐き、一家にとって無くてはならない存在となったが、多聞はなぜか常に<西の方角>を気にしていた。そんな中、家族を助けるため危険な仕事に手を染めてしまった和正は、やがて事件に巻き込まれ、その混乱の最中に多聞は姿を消してしまう― 。時は流れ、多聞は罪を隠し続ける女性・美羽(西野七瀬)と滋賀県にいた。多聞と過ごすことで徐々に平和な日常を取り戻していく美羽の前に、離れ離れになってしまった多聞を追いかけてきた和正が現れる。最初は和正を警戒した美羽だったが、多聞を通して二人は少しずつ心を通わせ始める。しかし、美羽が犯した罪は二人をどこまでも追いかけてきた。「俺が多聞を届ける。」美羽との約束を叶えるため、和正は多聞とともに“少年”を探す旅に出た。
そこに待ち受ける過酷な運命、そして奇跡とは― 。
第163回直木賞受賞作品
犬を愛するすべての人に捧げる感動の物語「少年と犬」
震災で傷を負った男、崩壊寸前の夫婦、事故で両親と右脚を失った少女-人生の岐路で惑う人々に寄り添っていたのは、一匹の犬だった。