アートが人や社会と幸福に出会った時、心地よい風が吹く。すてきな変化が起きる——。東京・渋谷区内の17の公衆トイレを設計・デザインの力で生まれ変わらせたプロジェクト「THE TOKYO TOILET」(TTT)や映画「PERFECT DAYS」を世に送り出してきた柳井康治さんが、また新たな風を起こそうとしています。パリ・オペラ座バレエ団による大評判の話題作「PLAY」を、東京・新国立劇場で上演し、日本の観客に届けることにしたのです。なぜ? そもそも「PLAY」とは? 昨年末にパリで「PLAY」体験をしてきたばかりの綾瀬はるかさんと、柳井さんの対談をお届けします。
6万個の緑のボールが降ってくる!
子供のように本気で「遊ぶ」。それがどんなに豊かで創造的なことか。
スウェーデン出身の振付家、アレクサンダー・エクマンによる「PLAY」は、パリ・オペラ座バレエ団のダンサーたちの研ぎ澄まされた身体を生かして斬新に表現する現代バレエ。さまざまな「ごっこ」に興じるダンサーたちの姿、遊び心にあふれた大胆な仕掛けを通して、観客を驚かせ、魅了する。とりわけ天井から6万個もの緑のボールを降らせるシーンの美しさ、楽しさは大評判になった。
柳井さんは、「PLAY」日本公演の企画・プロデューサー、綾瀬さんは同公演を応援する「スペシャルパートナー」の一人だ。
あやせ・はるか 広島県出身。2004年にドラマ「世界の中心で、愛をさけぶ」のヒロインに。以降、数々の映画、ドラマで活躍。13年にはNHK大河ドラマ「八重の桜」で主演。15年の映画「海街diary」で毎日映画コンクール女優主演賞などを受賞。放送中の大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」の語りも務めている。映画主演最新作「ルート29」での名演も記憶に新しい。21年からユニクロLifeWearのスペシャルアンバサダーも務める。
柳井 ご覧になってみて、いかがでしたか。
綾瀬 幕が上がる前から引き込まれました。一人で踊っている男性がいて、前座みたいな人かな、と思って見ていたら、この人が舞台を引っ張っていくんですよね。全身に神経を行き渡らせて、いろんなところを器用に一つ一つ動かして、単に美しいだけでなく、普通の人にはできない不思議な動きもみせる。それがすごく楽しそうだな、あんなふうにできたらいいなあと思ったりしました。
柳井 鍛錬を積んだ究極の肉体のパフォーマンス感もすごくありますね。
綾瀬 衣装もかわいいです。
柳井 はい、とってもおしゃれでかわいい格好をして踊っているのが素敵だと思いましたし、勝手に自分の中でユニクロ(の服と世界観)とのリンクも感じてしまいました。あと、音楽も良かったですね、僕は。
綾瀬 月面を歩くような動きがあるシーンでは、包まれるような感覚の音響と相まって、自分の体が浮いているような気持ちになりました。
緑のボールがざあっと降ってくるところも、すごくきれいでした。降ってきたボールの海にダンサーの方々が飛び込んだりして。見ていて、いいなあ、緑のボールの中って楽しそうだな、私もそこに入りたいな……みたいな、不思議な気持ちになりました。
柳井 子どもの時に、土砂降りの雨とかで理由もなく気分が上がる瞬間とかになんだか似ていますよね。雪が積もった時とか。
綾瀬 確かに。朝起きたら積もっていた雪の上にダイブしたいと思うような、そんな感じ。「PLAY」のダンサーの皆さんは、とても高度な、クオリティーの高いことをやっていらっしゃるんだけれど、自分にもできるんじゃないかという錯覚に陥ります。ほかのシーンも、「このシーンならいけるな」って思って見たりもしていて。
柳井 すごい。僕はそういう観点で見てないです。俳優・表現者だからこそですね。
綾瀬 あと、アクションとかやっているからじゃないでしょうか。
柳井 確かに。
◇「PLAY」アレクサンダー・エクマン/パリ・オペラ座 2024年パリ・パラリンピック開会式の演出・振付監督としても注目を集めたアレクサンダー・エクマンがパリ・オペラ座のために創作したコンテンポラリーバレエ。2017年にパリ・ガルニエ宮で初演。2024年12月~2025年1月に最新版が上演された。
日本での公演は、2025年7月25~27日、東京・新国立劇場 オペラパレス。最新版に出演したオペラ座バレエ団員たちが来日する。チケット販売は2月15日より。詳細は公式ウェブサイト= playoperadeparis.jp
アクションとダンスの共通項
やない・こうじ 1977年、山口県生まれ。ファーストリテイリング取締役。普段はユニクロのグローバルマーケティング・PR担当役員として従事。日本財団と渋谷区が実施した「THE TOKYO TOILET」の発案者。日本財団とともに資金提供した。個人プロジェクトとして、映画「PERFECT DAYS」の企画発案、出資、製作を手がける。
綾瀬 普通のお芝居はせりふを覚えて、演じて、作っていく。アクションも流れは同じだけれど、アクションの稽古を積んだ上で現場に入るから、自然に体と動きが一体化する。私は言葉遊びみたいなことも好きですが、体の感覚、五感でやるほうが(役と)一体となれるというか、頭で考えてごちゃごちゃしているよりもシンプル。ダンサーの人は、せりふがなくて、自分の体全部を使って表現しているから、より心と体が一緒になって無心になれるのではないかと。
柳井 それはお芝居の瞬間でもそういうものが生まれるほうがいいのですか。
綾瀬 いいんだと思います。頭で考えているよりも、自然に心が動いたり、自分でも思わぬ感情が出たりする。なぞられた「現実」を演じながらも、そこを超えた時、「あ、今のはなんだったんだろう」って思う瞬間があったりする。たぶん、そこを感じたくてみんなやっているのかなって。そういうことは、そんなにはないんですけどね。
柳井 お芝居して、一種のトランス状態まで行き着く。そんな表現ができたらすばらしいですね。
綾瀬 はい。この間、別のインタビューでも話したんですけれど、NHKの「精霊の守り人」というドラマで、私が演じたバルサは、謎の国の人だし、ずっと男の子みたいなしゃべり方をする。役をつかむのが難しかったんですけれど、監督が、「アクションからやったらつかめるんじゃないか」って。獣のようにぐわって襲いかかるような戦う人の役だから、それを先にやったほうが——。
柳井 いいんじゃないかと。
綾瀬 はい。それで先にアクションシーンを全部撮って、お芝居部分をやってみたら、「あ、体でやると、頭で考えるとこを超えていけるな」って思った経験があったんです。「ここまで行けるんだ」と。だから余計に、ダンサーさんを見ていると、体の全部で表現するのが、すごい楽しそうというか、そういうふうに思っちゃう。
柳井 映画やドラマに限らず服でもなんでも、作り手がすごく前向きで、クリエイティブに楽しんでいる作品は、そのポジティブな感覚が伝播するものになると思います。「PLAY」にもそれがあって、この面を伝えるのに綾瀬さんは日本で一番ピッタリな人だと思ってます。
子供の世界と大人の世界
綾瀬 第二幕は少し重く感じたんですが、第一幕は子供、第二幕は大人の世界と聞いて、大人になるとそうなる部分はあるかもなって思いました。
柳井 大人になると、時間も忘れて遊んでいたような気持ち、遊び心が持ちづらくなったり、次第に失われていったりするということに対するエクマンなりの想いが出ています。
綾瀬 でも、最終的にはまた楽しくなって、ある意味、観客も「巻き込まれる」ことで、会場が一体になる。みんなで一緒に作っているような気持ちになるんですよね。
柳井 綾瀬さんはパリでエクマンに会いましたか?
綾瀬 会っていません。同年代って噂ですが。
柳井 そうです。彼は1984年生まれ。すごく、「いいやつ!」って感じです。全然堅苦しくなくて、本当に心から楽しんで作品をつくっていることが伝わってくるんです。トラブルが起きても、すぐ前向きにマインドチェンジしてやるタイプだから、話していてもとても明るい気持ちになります。
「PLAY」の最後、すごく明るく終わるじゃないですか。あれもとっても彼っぽい。お客さんが終わって劇場を出て行く時に「楽しかったね」って言って出て行ってほしいんだろうなって感じが——これも勝手に思ったんですが——ユニクロが大事にしている顧客志向の考えと一緒というか、そういう自分本位じゃない姿勢が、僕はすごく好きでした。
「綾瀬さんはPLAYにぴったり」
柳井 僕がいろいろ考える時の軸の一つに、人への興味・関心があります。一緒に仕事したいな、とか、何を考えているか知りたいな、とか。TTTの時もそうでしたし、「PERFECT DAYS」のヴェンダースさんも役所広司さんもそうでした。そんな中で、綾瀬さんとお会いしてお話しする機会があって、「PLAY」にぴったりだなと思ったんです。
すばらしい方とお仕事をすると、自然と現場に笑い声があったり、ユーモアがあったりする。いい現場には、そういう瞬間が必ずある気がします。「PLAY」はそうしたことの大切さを思い出させる演目。そして、「俳優としての綾瀬はるか」を拝見していると、どうせやるんだったら楽しく仕事をしたいって思いながらやっていらっしゃる気がする。このプロジェクトのいいところとか、ポジティブな部分を、自然で押し付けがましくなくお伝えいただける人だなと思ったので、無理を言ってお願いして、「PLAY」のスペシャルパートナーになっていただくことにしました。
双方向の交流が文化を豊かにする
今回、柳井さんが「PLAY」の日本公演に携わることにしたのは、TTTのことが映画「PERFECT DAYS」と相まって、海外にも広まっていった経験と関係している。きっかけは、米文学者・翻訳家の柴田元幸さんとの対話だったという。
柳井 文化的なことは、外国と日本、どちらかからの一方向だけでなく、双方向的な交流がないと発展していかないというようなお話を、柴田さんがされて、とても腑に落ちたんです。TTTや「PERFECT DAYS」でトイレを通じて日本っぽさを海外に伝えられたとしたなら、今度は海外のものを日本に持ってきてみても面白いかもしれないと。そんな時に「PLAY」と出会って、とても感銘を受け、聞いたら「オペラ座以外ではやるつもりはない」と知って、だったらますます日本で実現できたらいいな、と思いました。
綾瀬 柳井さんは、普段からいろいろ面白いものを見つけて、教えてくださいますよね。
柳井 振付家のエクマンは、2017年の「PLAY」の初演当時は33歳。しかも、そこが自国でもない人が、伝統あるパリのオペラ座ですごく斬新な作品を自由に作れる。そんなことが起こせるのが、単純にかっこいいなと思いましたし、興味を持ちました。日本では、そんなことってなかなか起こせない気がして。
「柳井さんはすぐにぴょーんと飛んでいく」
綾瀬 柳井さんは、すぐ行動に移す。会いたいと思った人にはすぐ会いに行くし、世界が全部友達っていうか、世界と手をつないでいる感じがします。
柳井 実際はそんなことないけれど……ほめていただき、ありがとうございます。
綾瀬 (TTTの)トイレを作って、清掃員の方の日常を映画で描き、さらに賞を取ることで、多くの人が、「そういう仕事があるんだな」「もっときれいに使おう」って思っただろうし、私自身、思いました。多くの人に、より知ってもらう機会を作れるってすごい。なんか、ぴょーんと飛んでいきますよね、柳井さんは。ぴょーん、ぴょーんと軽やかにステップしていって。
柳井 そうかな、綾瀬さんのほうがよっぽどすごいですよ。
綾瀬 全然。本当に小さく生きているんです。
柳井 いやいや、小さくないですよ。日本を代表する俳優さんであり、その地位をどんどん確立していっている。とんでもない覚悟や責任感、裏の努力があるはずなのに、そんなことはおくびにも出さずに、軽やかにお仕事をして、みんなを幸せな気分にさせて帰っていく。普段の自分の仕事の中で、そんな人に出会うことって、本当にまれです。
綾瀬 ほめていただき、ありがとうございます。ふふふ。
演じるのは「大変」、でも乗り越えた先に「喜び」
女優としての綾瀬さんは、作品ごとに常に新たな顔を見せる。しかも、ごく自然に。これからやってみたいと思う仕事に話題が及ぶと……。
綾瀬 あんまりなくて、というか、まったくないです。「こういう役をやりたい」というのも、実はあまりないんですよね。
柳井 でも、たとえば、いろいろな仕事のオファーがあったら、既にやったような設定は選ばないでしょう、きっと。それよりは新しい役とか、新しい監督さんとの出会いを求めている気がします。
綾瀬 見たことのない景色を見たい、自分の引き出しも開きたいという気持ちはあります。そのほうがわくわくしますね。緊張感もあるけど、楽しみもあったりしますね。でも、演じるって楽しいな、とあんまり思ったことがなくて。
柳井 どう思うことが多いですか? 苦しいんですか?
綾瀬 大変だなって、やっぱり。(自分とは)違う人物になるっていうことが、なんでこんな大変なんだろうってよく思うんですけれど……最近、やっぱりそれが好きなんだなって思ってきました。
柳井 大変な思いをすることが?
綾瀬 そこに立ち向かっていくっていうのが意外に好きなのかなって最近気づいてきて。だからやっぱり好きなんだなって、最近思います。
柳井 そういうふうに思ったのは、いつごろですか?
綾瀬 この1年ぐらいでしょうか。演じる時って、経験が増えると、監督も「このぐらいできて当たり前でしょ?」みたいな感じになってきて、そこで試されるような感覚がある。だから、いつも緊張感がありますし、「もう一回」とか、「今の違うよね」って言われて、「くそー!」って思うんだけど、ほめられた時には「やったあ‼」「良かったあ!」みたいな。
柳井 何かきっかけになる仕事があったんですか?
綾瀬 ちょっと大きい作品がボンボンと続いてきましたが、同世代の監督とはあまりやったことがなかったんです。でも、「ルート29」とか、去年くらいから同世代の監督とやってみると、本当に人によって現場が全然違うなって改めて思いましたし、それがやっぱり面白いなって。毎回新鮮だし、緊張はすごくするんですけれど、乗り越えた先にある喜びが大きいです。
やってもやらなくても一緒なら、やればいい
柳井さん自身も、TTTに始まり、映画「PERFECT DAYS」、そして今度の「PLAY」と、新しいことに取り組んでいる。やっぱり何でもないような顔をして。大変ではないのだろうか。
柳井 うーん、どうでしょう。大変だったかもしれないけど、忘れちゃってることのほうが多いかもしれません。僕の場合は。
綾瀬 やっぱり直感で、ぴょーんと?
柳井 そんなことないですよ。スパーンと決断できるタイプでもないですから。
綾瀬 でも、恐がりではないですよね、きっと。
柳井 まあ、そうかもしれないですね。この対談シリーズでYOASOBIさんとお話しした時にちょっと言ったんですけれど、新しいことをしたり、会ったことのない人と会ったり、仕事をしたことがない人と仕事したりすることって、散髪するくらいのことだと思えばいいんじゃないかと思っているんです。新しい美容室に行ってみて、合うのか合わないのか分からないけど、髪を切ってもらう。そうすると、「ああ、良かったな」っていう時もあれば、「ちょっとここはこうじゃなかったな」みたいな時もあるじゃないですか。
綾瀬 はい。
柳井 でも、2カ月ぐらいしたら、以前より髪が伸びている。そのくらいの話だと思えばいいかなって。
綾瀬 本当に。考えてみれば、すべては、ただの通過点。
柳井 僕がTTTや映画をやったことは、自分にとってはとても大きなことであっても、世界でいろんなことが起きている中から見たら、あってもなくても一緒だったかもしれない、誤差みたいな話。でも、あってもなくても一緒なんだったら、あったっていい。やってもやらなくても一緒なんだったら、やればいいじゃない? って、思いたいんですよね。
綾瀬 「せっかくだしやるか!」みたいな。
柳井 そうそう。
綾瀬 それぐらいがいいですね。「せっかくだしやるか!」「できなくても、まあ、しょうがないか!」みたいな感じで。
柳井 もちろん「絶対やるぞ!」とは思って臨んでいるのですが、出来ていない時のほうが多くてへこむんです。でも、それがその時の自分でもあるから、「しょうがない、次いこ、次」と思うようにしてます。
綾瀬 やっぱり、めっちゃ軽やか!
取材・構成=読売新聞編集委員 恩田泰子
対談写真撮影=秋元和夫
◇ THE TOKYO TOILET(TTT) 世界で活躍するクリエイターが設計・デザインした個性豊かな公衆トイレを東京・渋谷区内の17か所に設置。従来の公衆トイレのネガティブなイメージを払拭し、誰もが利用しやすく、日本の「おもてなし」文化の象徴となる施設に生まれ変わらせることを目指した。
◇ PERFECT DAYS TTTから派生した映画。役所広司さんが演じる渋谷の公衆トイレの清掃員・平山の日常を描く。監督はドイツの名匠、ヴィム・ヴェンダース。2023年のカンヌ国際映画祭で世界初上映され、役所さんが最優秀男優賞を受賞。約90の国・地域で上映され、日本での劇場公開は1年超のロングランとなった。