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※掲載の肩書は取材当時のものです。

歴史から読み解く 世界の中の日本
―パリの地下鉄の日本語アナウンス

井上 寿一 (学習院大学長)

 パリの地下鉄のホームで待っていると、「スリにお気をつけください」との日本語のアナウンスが流れる。先月フランスに出張した時もそうだった。今年は「携帯電話にお気をつけください」ともアナウンスしている。パリの地下鉄はスリが多い。以前からそう耳にしていた。今はとくに日本人が狙われているようである。

 日本ではこんなことはない。JR山手線の網棚の忘れ物が1周しても残っていたという。これは誇張にすぎるにしても、そんなことが起きそうな気がする。日本は安全・安心社会である。混雑しているコーヒーチェーン店で店員の人が言う。「お席の確保を先にお願いします」。席を確保するために、携帯電話や財布すら置くことがある。知り合いのフランス人留学生は驚く。「信じられない」。

 コーヒーチェーン店といえば、日本では喫茶店が激減している。対するフランスではカフェ文化に変わりはないようである。日本では大抵はひとり、せいぜいふたりが短い時間、チェーン店でコーヒーを飲む。パリのカフェは対照的ににぎやかで、長居が当たり前だ。あれほど楽しく長時間、話ができるのは、政治と宗教の話をしないからだそうである。

 以上の日仏のちがいは、しかし程度の差でしかないのかもしれない。日本にだってスリはいる。パリのカフェの談笑も最近は政治と宗教の話題でかき消されることがあるという。それにパリにも世界的なコーヒーチェーン店が進出するようになっている。

 別の言い方をすれば、日仏の相違点よりも共通点を探すほうがいいのではないだろうか。このような観点からトニー・ジャット『ヨーロッパ戦後史』を読んでみた。多視点からの群像劇のようにヨーロッパ戦後史の全体像を描く本書は、遠く極東の日本人にも共感を覚えさせる。

 ふたつの大戦を経て和解した独仏がヨーロッパ統合を主導する。この過程は非ヨーロッパ世界から見ると、美化されがちである。しかし実際は困難な道のりだった。「戦争が終わっても、驚くほど何も変わらなかった」との趣旨の印象に残る引用がある。欧州統合はここから始まった。苦難を乗り越えて統合が進む。ところが今、ヨーロッパは統合の進展に懐疑的になっている。

 戦後日本も焼け野原から再出発した。敗戦国日本は、急速な復興を成し遂げ、1960年代には先進国の仲間入りを果たす。その後アジア太平洋地域の統合の気運が高まることもあった。今の日本は方向感覚を失っている。このように考えれば、日本はヨーロッパと共通の問題を抱えていることがわかる。日欧に共通する問題を考える。これこそがグローバルに考えるということだと思う。

[2014.09.12]
プロフィール

井上 寿一 (学習院大学長)

井上 寿一 (学習院大学長)
1956年東京都出身。81年一橋大学社会学部卒業。86年一橋大学大学院法学研究科博士課程単位取得。89年・法学博士(一橋大学)、同年学習院大学法学部助教授。93年より同教授。研究テーマは近現代日本政治外交史。95年『危機のなかの協調外交』(山川出版社)で吉田茂賞、政治研究櫻田会奨励賞受賞。近著に『第一次世界大戦と日本』(講談社現代新書)がある。2014年4月に学習院大学長に就任。

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