食べる力
を失わせないようにするために
2024年元日の大地震、9月の豪雨と二度にわたり大きな災害に見舞われた能登半島。能登地方で唯一「口腔外科」のある総合病院、石川県七尾市の公立能登総合病院で歯科口腔外科部長を務める長谷剛志先生のもとには、石川県全土から患者さんが訪れています。口腔外科医が担当するのは、歯の治療のほかアゴの骨や関節、舌・口の粘膜など口全体の疾患です。「生活の“活”という漢字は、さんずいに舌と書きます。活動的に、元気に生きるには、口から食べること。食べる力を失わせないようにするのが我々の仕事」と長谷先生は話します。
長谷先生は、通院が難しい患者さんの訪問診療を定期的に行っています。ALS(筋萎縮性側索硬化症)の76歳の女性も訪問診療の患者さんの一人。この患者さんは、胃ろうと経口摂取を併用していますが、口から食べることに支障が出てきたため、診療を受けました。長谷先生が入れ歯の調整とアゴの筋肉のマッサージを行い、噛む動作をしやすくすると、好物のせんべいもしっかりと噛んで食べることができました。
おいしく食べることは、
笑顔につながる
震災以降、長谷先生は、七尾市を拠点に仮設住宅への訪問診療も続けています。能登では未だ災害関連死が増え続けており、その背景に「仮設住宅と口腔ケアの問題がある」と言います。不安やストレスによって口腔環境が悪化し、それが食欲不振や栄養不足を招き、徐々に体の健康を蝕むのです。
長谷先生は、訪問診療で噛む力を測定する「咀嚼チェックガム」をよく使います。噛むことで、色が緑から赤に変わるガムで、強く満遍なく噛めていると赤色になります。「震災後のストレスか、口の中の環境が劣悪になっている方を大勢見てきた」と長谷先生。咀嚼チェックガムの色が赤、緑のマーブル模様になっている患者さんを診察すると、歯ぐきがやせて入れ歯が合わなくなっていることがわかりました。この患者さんをはじめ、仮設住宅の入居者には、かかりつけの歯科医院に通院できなくなった「歯科治療難民」が多くいます。この患者さんは、長谷先生の治療のもとで入れ歯を作り直し、今では家族と一緒においしいものをしっかり食べられるようになりました。「自分が食べたい物をおいしく食べることができると、みなさん笑顔になると思います。残念ながら診療室ではその様子を見ることはできませんが、笑顔で食事をされている患者さんの写真が届くのを楽しみにしています」。長谷先生は今日も能登を走り回っています。