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学問の本質と自由を守っているかを常に問い
研究が社会に影響を与える拠点であり続ける

フォト郭 洋春さん

大学4年間で学問の基礎の基礎を学ぶ

田中 郭先生は、法政大学の経済学部を卒業後、立教大学の大学院に移って研究を続けてこられました。この度、立教大学の総長に就任された郭先生とお話しできるのは、大変嬉しいです。日本私立大学連盟でもご一緒していまして、これからも私立大学として様々な面で協力し合うことになると思います。さっそくですが、まずは大学時代のお話から伺えますか。

 実は高校3年の夏まで、医学部を目指していました。しかし、ある方から「病気を治す仕事以外に、世の中を治す仕事もある。そして世の中の矛盾を是正するのは経済である」と説得され、悩んだ末に経済学部へと進路を変更しました。さらに、その方に世の中の構造を分析する学問であるマルクス経済を学ぶことができる法政大学の経済学部を強く勧められて入学しました。

田中 1979年に入学されたそうですが、当時の法政大学は「マル経の牙城」と称されていました。実際に入学されていかがでしたか。

 専門書などで名前を拝見していた著名な先生方の授業を目の前で受けられるとあって、後ろの席で人の背中を見ながら聴くなんてもったいないと、毎回一番前の席で講義を聴き、そのたびに目から鱗という状態で4年間を過ごしました。

田中 知的幸福感を心底味わっていらっしゃったようですね。私も同じでした。法政大学は、自ら学びたい学生にとっては、そういう大学なのです。ゼミはどこに所属されていたのですか。

 南克己先生のゼミです。先生のゼミは本当に面白くて、90分講義2コマを通して「資本論」を輪読するのですが、テクニカルタームはもちろん、言葉一つひとつについて、その重みを教えていただき、本当に深く学ぶことができました。そのため1年間で2~3ページしか進みませんでした。資本論は3巻まである大部な本だったので、残りは「サブゼミ」で徹底的に読みました。ゼミでインナー大会(日本学生経済ゼミナール関東部会大会)にも参加したのですが、すべてをゼミ生だけで準備したにもかかわらず、他のゼミに引けを取らないプレゼンをすることができました。法政大学での4年間は本当によく勉強しました。おかげで大学院に進学してからも、博士課程の院生や先生方とも対等に議論できたことに驚きました。

田中 学生たちが力を寄せ合って自ら活動する伝統は、私が学んだ1970年代も、そして今も、残っています。その基本の基本がゼミを通してつくられたわけですね。私としてはそのまま法政大学に残って研究していただきたかったのですが……。

 大学院でも引き続き南先生のもとで研究を続ける予定でいたのですが、4年生の新年度早々、先生が大学を辞められると聞いて戸惑っていたところ、先生から立教大学の経済学研究科でアジア経済を研究することを勧めていただいたのです。立教大学の大学院に進学後も、1年間は法政大学の時永淑先生のドイツ語文献の授業を聴講させていただいていました。当時のソ連が所蔵していた「メガ」と呼ばれているマルクス=エンゲルス全集を授業で読んでいたのですが、最初は全く理解できませんでした。しかし翌年には理解できるようになりました。時永先生の授業を通して、自然に専門書の読み方や語学を習得させていただいたと思っています。本当に基礎中の基礎を身に付けさせていただきました。

田中 それは感動的なエピソードです。私自身も高校生の時から、法政大学日本文学科の小田切秀雄先生のもとで勉強したいと願って入学しました。大学に、もっとも学びたいことを学びに来たのです。小田切先生の考え方をはじめ、様々な考え方を受け継ぎ、かつ批判もしながら勉強するうちに、江戸文学に出会い、大学院から江戸時代について研究を始めたのですが、大学院では古文や崩し字との格闘からのスタートでした。勉強の日々でしたが、あまりに楽しいので「勉強」とは感じませんでした。やはりここで基礎を身に付けることができたと思っています。

大学がグローバル化を考える上で大切な視点とは

田中 法政大学も立教大学もスーパーグローバル大学に採択され、グローバル化に力を入れています。法政大学は、グローバル化には多様性が大切であると考え、2016年にダイバーシティ宣言を発表しました。グローバル化というと、欧米ばかりに目が行き、とにかく英語を取得することが先決という方向性になりがちですが、そういうことではありません。まずは多様な人たちと共に大学の中にダイバーシティな環境をつくることが必要です。郭先生はどのようにお考えでしょうか。

 私はグローバル化とは日本化だと考えています。例えば日本の学生が外国人とディスカッションを行う際、自分の国である日本について語れないという話をよく聞きます。そのため、まず自分という存在を見つめなおすことがグローバル化の第一歩ではないでしょうか。自分とは何か。自分が所属する大学とはどんな大学なのか。そして日本という社会はどんな社会なのか。そうしたバックボーンがあって初めて対等に外国人と議論できます。

田中 その通りですね。大学も海外に向けて、単に英語で講義をやっていますというPRだけではなく、日本の大学ではどのように「日本の」勉強ができるのかということを明確に伝えていかなければ、やがて留学生は来なくなります。

 まさに田中先生のご専門である江戸文化は、日本に来なければ学ぶことはできません。他にも日本的な経営、日本的な食事など、本質を知りたければ日本に来て体験しなければなりません。“日本的なるもの”を発信することで、海外から日本に多くの人を集め、自分の国との違いを感じてもらうことが、日本という国を知るきっかけになるのではないでしょうか。そうした意味で、グローバル化とは日本化であると思うのです。

田中 いま日本は、和食や着物など日本趣味的なものをそれぞれ個別に発信しています。しかしこれでは根本的な“日本の方法”が伝わりません。

学問で一番大切なことは本質的な仕組みを押さえていくこと

 田中先生は、江戸時代の環境社会が現代社会のモデルになるとおっしゃっていますが、私も同感です。当時の循環システムが21世紀の環境問題を考える際に、大きなヒントを与えてくれます。

田中 いま世界ではプラスチックなど化学製品の環境への負荷が問題になっています。つまり循環できていないのです。江戸は世界最大の都市でしたが、社会が循環しているからゴミ問題がありませんでした。

 パリで下水道が発達したのは、ゴミを無理やり流すためだったようですね。当時世界で人口がいちばん多い江戸にゴミ問題が存在せず、進んでいるといわれたパリがゴミ問題を抱え、苦労していたことを考えると、江戸のシステムは世界に誇る先進的なものだったのですね。それをいまの形に合ったエコシステムに変えることができれば、新たな日本の価値を世界に向けて発信できるのではないでしょうか。

田中 循環すれば良いということではありません。現代では、循環は多大なエネルギーを使ってしまいます。江戸時代は土や微生物がものを分解し、次の循環の準備をしてくれました。そういう自然の力を無視したら循環はできません。

 自然と人間との関係性。人間と社会との関係性。人間と人間との関係性、そうした関係性を見直さない限り、システムだけをつくってもうまくいきません。

田中 学問で一番大切なことは、表に見えるものに巻き込まれることなく、本質的な仕組みを知っていくことです。そしてその本質を拠点として、社会に対し批判性を持った発信をして行くことが大切です。

 特に経済学では、経済政策に直結することがあるため、人々の生活にも関わってきます。そこで、自分の主義主張だけではなく、世の中の構造を明らかにして、人々の生活がどう良くなるかを提示することが経済学の使命だと考えています。従って私たち経済学者の役割は、政策立案者としての役割が大きいといえます。しかし最近、そこまで深く考えず、すぐに受け入れられるような学問や政策が目立ちます。学問は、立場によって違った考え方があっていい。しかし、どこまで本質を突き止めたのか。そして、そこから何を得られるのかを説明しないと無責任になってしまいます。もう少し研究に時間を割き、そこから得た成果を教育という形にして還元できることが理想です。

田中 それこそが、大学が守っていかなければならないことのひとつだと思います。最近は、どうしても教育中心になっています。大学のリーダーは、「学問の本質を守っているか」「学問の自由を守っているか」。この二つをことあるごとにメッセージとして出していかなければなりません。大学は単なる学校ではありません。「研究が社会に影響を与えるという意味での拠点」であることが大学の存在意義ではないでしょうか。

 「自由の学府」という理念を掲げる立教大学は、自由に研究、教育することを意識して守っていかなければなりません。それは、自由が不自由になった時、我々の存在意義が無くなること意味しています。

目の前の風景を変えてあげることが大切

 大学生活において一番大切なことは、様々な経験を積むことではないでしょうか。授業だけではなく、クラブ活動やボランティアなどの正課外活動を含め、すべてが糧になります。そのため、大学がそうした仕組みや環境を、様々な授業や正課外において準備する必要があります。アクティブラーニングやフィールドワークなどはその一例ですが、大学は多様な学生のニーズに対応するため、様々な機会をつくり、発信し続けることが大切です。きっかけがあれば学生は一気に変わります。

田中 ただ勉強しなさいということではなく、「こんな問題があるんだ」という発見をすることが大切です。自分が生きている社会に驚くことがあれば、誰しも何故だろう?と思うでしょう。その時こそ自分の問題として自分ごとになります。そのチャンスを大学がつくらなければなりません。法政大学が「実践知」を大切にしているのはそのためです。

 例えば経済学の知識は大学に通わなくても、教科書で学べます。だからこそ大学に求められるのは、「君たちには世の中の変えるような創造力や行動力があるんだよ」と、学生たちに気付かせて、勇気を与えることです。その第一歩を踏み出せるように、背中を押してあげる。法政大学で、南先生がテキストの一字一句を追えとおっしゃったのは、そこに気づきのヒント・きっかけがあるのだということに気付かせたかったのだと思います。先生の一挙手一投足が本当にためになりました。半歩踏み出すだけで、目の前の風景が変わります。学生の前に広がる風景を変えてあげることが私たちの役目です。

田中 それは大事な言葉ですね。問題発見をして終わるのではなく、諦めずに自分ごと化してそれに関われるように、背中を押す。とても大切なことです。

 それには、校友の存在が大きいと思っています。校友一人ひとりの知見・経験、持っていらっしゃるネットワークを大学に還元していただければ、無限の可能性が広がります。今後一層、校友の皆さんのネットワークを活用させていただければと考えています。

田中 様々な時代の経験を生かすことができますね。本日は、貴重なお話をありがとうございました。


立教大学総長 郭 洋春(カク ヤンチュン)
1959年、東京都生まれ。1983年3月 法政大学経済学部卒業。1988年3月 立教大学大学院経済学研究科経済学専攻博士課程(後期課程)単位取得退学。1994年立教大学経済学部経済学科助教授。2001年より同大教授。2018年4月より同大総長。主な著書は『現代アジア経済論』法律文化社、2011年、『開発経済学』法律文化社、2010年など。東京都豊島区商工政策審議会委員長(2009年~)、埼玉県和光市地域ブランド認定委員会委員長(2012年~)等を務める。

法政大学総長 田中 優子(たなか ゆうこ)
1952年、神奈川県に生まれる。法政大学文学部卒。同大大学院人文科学研究科修士課程修了後、同大大学院人文科学研究科博士課程単位取得満期退学。2014年4月より法政大学総長に就任。専攻は江戸時代の文学・生活文化、アジア比較文化。行政改革審議会委員、国土交通省審議会委員、文部科学省学術審議会委員を歴任。日本私立大学連盟常務理事、大学基準協会理事、サントリー芸術財団理事など、学外活動も多く、TV・ラジオなどの出演も多数。

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