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社会と人間を見つめる「物語の力」、北欧の児童文学とミステリーを体感した2日間
児童文学からミステリーまで、北欧が誇る豊かな文学の世界を紹介する「北欧文学デー」のイベントが2025年8月30、31日の2日間、大阪・関西万博の北欧パビリオンで開催されました。北欧文学全体に流れる「物語の力」は、社会と人間を正面から描くことで読者の心に刻み込まれ、深い余韻をもたらします。朗読やワークショップ、パネルディスカッションなどが次々と開かれた会場は温かい雰囲気に包まれ、来場した皆さんは、北欧文学の魅力を発見し、奥深さを存分に味わいました。
<Day 1:北欧こどもの本の世界>
子どもの人格を尊重し、多様性・自分らしさを描く
初日は「北欧こどもの本の世界」がテーマ。冒頭、北欧閣僚理事会事務総長補佐のイーダ・ヘイマン・ラーセン氏が開会のあいさつで、文学を通じた文化交流の意義を強調しました。
基調講演では、児童文学研究で知られるストックホルム大学のエリナ・ドルーケル教授が「アストリッド・リンドグレーンとトーベ・ヤンソンの遺産」をテーマに登壇しました。「長くつ下のピッピ」で知られるスウェーデンの作家リンドグレーン(1907-2002)、「ムーミン」でおなじみのフィンランドの作家ヤンソン(1914-2001)は同時代を生き、第二次世界大戦下でも作品を発表してきました。ドルーケル教授は、名作の背景にある戦争や社会的課題を解説しながら、「子どもを大人と対等な人格として尊重し、社会の様々な問題や、孤独や不安などの現実を正面から描く姿勢が北欧児童文学の大きな特徴です」などと解説しました。
パネルディスカッション「子ども向けの本の書き方とは?北欧と日本、異なる視点と類似点」では、リーセン・アドボーゲ氏(スウェーデン児童文学作家・イラストレーター)、宮田=ジャンシ真理子氏(ノルウェー児童文学作家・ダンサー)、菱木晃子氏(スウェーデン児童文学翻訳家・作家)が登壇。国ごとの視点や文化の違いを交えながら、子どもの心に届く物語とは何かが議論されました。さらにイェンニュ・ルカンデル氏(フィンランド絵本イラストレーター)やエンマ・アドボーゲ氏(スウェーデン児童文学作家・イラストレーター)による「絵本の挿絵」をテーマにしたセッションでは、ビジュアル表現が作品にどのような命を吹き込むかを紹介。「無口な子どもだったので、昔から絵を描くことが自分の気持ちを伝える手段だった」と話す2人の様子も印象的でした。
温かな雰囲気に包まれたムーミンの朗読会
午後には、スウェーデンの人気絵本作家・イラストレーターであるエンマ&リーセン・アドボーゲ姉妹によるワークショップ「もし人間がいなければ、きみは何になりたい?」が開催されました。代表作「けがをした日(Såret /The Wound))」「Fulan」などで知られる彼女たちは、日常の風景や社会の影をユーモラスかつシリアスに描き出す作風で注目されています。ワークショップでは、子どもから大人までが自由な発想を解き放ち、思い思いの“自分がなりたい存在”を表現することで、会場全体が創造力に満ちた時間となりました。
その後、「ムーミン谷の仲間たち」から「目に見えない子」の朗読が行われました。この物語は、厳しく冷たい大人に育てられたせいで、恐怖と抑圧のあまり姿が見えなくなってしまった少女ニンニが、ムーミン一家との温かな交流の中で少しずつ姿が現れるようになり、最後には顔まではっきりと現れ、ニンニは完全に「見える子」になったというお話です。愛情や思いやり、自分の気持ちを表現することの大切さを描いたストーリーに、会場は温かな空気に包まれました。作者トーベ・ヤンソンの逸話や、スウェーデン語およびフィンランド語でのムーミンキャラクターの紹介も交え、子どもたちの笑顔が光るひとときとなりました。
日本の伝統芸能とのユニークなコラボレーションにも歓声
続いて、ノルウェーの作家・ダンサー、宮田=ジャンシ真理子氏が登場。自身の作品「みえこは踊る(Mieko Dansar)」の朗読会は、音楽とダンスが融合したパフォーマンスで、観客も自然に体を揺らし始めるほどの高揚感に包まれました。「みえこは踊る」は多様性や自分らしくいることの大切さを、ユーモアを交えながら伝える作品です。日本語にはまだ翻訳されていないため、ほとんどの来場者が話を知らない中でも、ストーリーに引き込まれていく様子が印象的でした。
会場外のポップアップステージでもユニークなプログラムが展開されました。スウェーデンの作家アーロン・ランダール氏による絵本『みんなだれかのえさになる(Everyone Eats Everyone)』の朗読は、竹内理恵氏(クラリネット)とギデオン・ジュークス氏(チューバ)によるデュオ Music for Isolation の生演奏と共に披露され、独特のブラックユーモアと音楽とのコラボレーションが観客を魅了しました。さらに、『長くつ下のピッピ』は浪曲として上演。語り手の真山隼人氏と三味線の沢村さくら氏による迫力ある掛け合いで、誰もが知る児童文学の名作が日本の伝統芸能と融合し、会場は大きな拍手につつまれました。
<Day 2:北欧ミステリーの世界>
北欧ミステリーの魅力とは…日本と北欧の作家が語る
2日目のテーマは「北欧ミステリーの世界」。スウェーデン大使館のヨハンナ・リンドクイスト氏が開会のあいさつを行いました。自身も熱心な「ノルディック・ノワール(北欧発のミステリー小説、ドラマ、映画など))」ファンであるリンドクイスト氏は、日本と北欧の双方で愛される文学ジャンルについて語り合えることへの喜びを述べました。
「北欧ならではのストーリー構成力の巧妙さ」
パネルディスカッション「北欧ミステリーとは?」には、日本のミステリー評論の第一人者、文芸評論家の杉江松恋氏と、アイスランドを代表する推理作家ラグナル・ヨナソン氏が登壇。ヨナソン氏はダークで重厚な雰囲気と社会批評を織り交ぜた作風で知られ、ベストセラー「闇という名の娘 THE DARKNESS」や「雪盲 SNOW BLIND」「喪われた少女」などで世界的に高い評価を得ています。討論では、ミステリーを通じて現代社会の様々な問題を映し出す、北欧ならではのストーリー構成力の巧妙さなど、北欧ミステリーが国際的に受け入れられている特徴や背景について、熱く語られました。
推理作家・有栖川有栖氏と北欧の人気作家が対談
インタビューと英語による短い朗読による「作家紹介」では、ヨナソン氏に加え、スウェーデンの作家トーヴェ・アルステルダール氏と日本を代表する推理作家・有栖川有栖氏が登場。アルステルダール氏は「忘れたとは言わせない」など、社会問題を背景にしつつ、人間の内面を丁寧に描くスタイルが特徴です。有栖川氏は「火村英生シリーズ」などで日本の本格ミステリー界を牽引してきた存在。互いの朗読やインタビューを通じて、国境を越えて通じ合う“物語の力”が浮かび上がりました。
ミステリーは社会的課題を読者に問いかける手段
パネルディスカッション「日本と北欧のミステリー小説:類似点と相違点」では、有栖川氏とアルステルダール氏が、日本の「論理と謎解き」の伝統と、北欧が持つ「社会批評と人間性」へのアプローチを比較しながら、両者が互いに影響を与える可能性について語り合いました。プログラムを締めくくる「推理小説という方法で社会を描く」をテーマにしたパネルディスカッションでは、レーナ・レヘトライネン氏(フィンランド)、ヨルン・リーエル・ホルスト氏(ノルウェー)、イルサ・シグルザルドッティル氏(アイスランド)の3人の推理作家が討論。ミステリーの中の犯罪や謎解きの過程は、読者にとって単にスリリングな推理を楽しむだけでなく、ジェンダー平等、環境問題、移民や治安といった社会的課題を問いかける手段であることが強調されました。
2日間に渡った「北欧文学デー」は、児童文学とミステリーを通じて、北欧文学の多様性と奥深さを体感できる2日間となりました。ジャンルは異なっていても、豊かな自然と厳しい気候を背景に、人間性を重視し、現代社会の問題点や本質を正面から描く姿勢に共通の特徴が感じ取れました。日本と北欧が文学を通じてつながったこのイベントは、来場者それぞれの「読みたい作品リスト」に新たな一冊を加えるきっかけとなったことでしょう。