編集委員のキーワード解説 KEYWORD
定昇とベア
政府や日本銀行、さらに多くの企業は、ゆるやかに物価と賃金が上がっていく環境をつくって、長く続いたデフレから完全に抜けだそうとしています。賃上げはわたしたちの暮らしに直結するのはもちろん、日本経済再生のカギを握る重要なキーワードになっています。
賃上げにはベア(ベースアップ)と定昇(定期昇給)の2種類があります。ベアは社員の給料(基本給)の水準を一律に引き上げることで、勤務年数や成績、役職などには関係なく、すべての社員に適用されます。同じ率で引き上げる場合、ベアが2%なら基本給20万円の社員は4000円、30万円の社員は6000円のアップとなり、給料が多い人ほど昇給額は大きくなります。社員全員の基本給を定額で引き上げるベアもあり、この場合は基本給が少ない人ほど昇給率が高くなります。
定昇は、年齢や勤続年数とともに社員の給料を定期的に上げていく仕組みです。年齢に応じて上がっていく賃金を表すカーブを「賃金カーブ」といいます。社員の給料の水準を一律に引き上げるベアは、賃金カーブ全体を上に引き上げるものです。定昇は図で30歳の人が31歳になった社員を例に青い矢印で示しました。
定昇の特徴は、会社が社員に支払う基本給の総額が定昇実施前と後で基本的に変わらないということです。新入社員が左端から賃金カーブに乗ると同時に、定年を迎えた社員が右端から賃金カーブを降りるので、カーブ上の社員数は変わらず、カーブも動かないわけです。労働組合が使う「賃金構造の維持」「定期昇給の確保」などの言葉は、この賃金カーブを壊さないでほしい、ということを意味します。
ベアは日本で高度経済成長が続いていたころ、物価が上がって相対的に下がった賃金を補うために広がりました。ただ、一度上げた基本給の水準を下げるのは難しく、基本給をもとに計算する社会保険料や残業代なども増えます。デフレ下では経団連が「論外」としたこともありました。
定昇はひとつの会社に定年まで勤めるという「年功序列型」の賃金制度を前提にしており、子どもの教育費や住宅購入などで、年齢を重ねると暮らしの支出が増えるのに対応する意味がありました。最近では、年功序列が崩れて力に応じた賃金制度が導入され、正社員以外の働き方が増えた今では見直しの機運も出てきています。
ただ、能力や業績に応じた賃金制度だけでは、来年は収入が減るのではないかと考え、財布のひもは緩めにくい面があります。賃上げを景気回復のテコにするなら、定昇を維持したうえでベアを続けていくことが重要になってくるといえるでしょう。
(読売新聞東京本社編集委員 丸山淳一)