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MS&ADが描く「安心」を進化させるAI戦略①

MS&ADでAI戦略を担う3人にインタビュー

MS&ADインシュアランスグループは生成AIを社内の生産性からお客さま価値へつなげるため、攻め(価値創造)と守り(ガバナンス)の両輪で戦略を進めている。事故や災害の現場で本当に困っている人に、どう寄り添い、どう価値を届けるのか。その問いに真正面から向き合うのが、MS&ADのAI戦略だ。MS&ADでAI戦略を担うグループCDOの本山智之氏と同社グループのアドバイザーを務めるシナモンCEO平野未来氏、同じくアドバイザーでAIガバナンスに詳しい弁護士であるスマートガバナンスCEO羽深宏樹氏の3人に聞いた。

保険×AIで「安心」を再設計

――MS&ADがAIに向き合う姿勢を教えてください。
本山 保険はお客さまにとって、どうしても「難しい」部分があります。自動車保険を例にすると、補償の組み合わせや条件を全部きちんと説明しようとすると、当社だけでも3兆以上の組み合わせパターンがあります。ランチのメニューが3兆個あったら選べないのと同じです。保険はわかりやすくお客さまに案内し、納得して加入いただくことが本質的に重要です。しかし、リスクが複雑化する社会で、人の手だけでは最適な提案の品質や時間に限界があります。だからこそAIを活用し、お客さま一人ひとりに最適化された分かりやすい説明・的確な選択肢を提示する、といった体験を届けたい。それが当社のAIの起点です。AI活用が目的ではなく、お客さまに新しい価値を届けるための手段だと考えています。

MS&ADでAI戦略を担うグループCDOの本山智之氏
MS&ADでAI戦略を担うグループCDOの本山智之氏

平野 MS&ADは、AIへの積極的な投資や実装が大変進んでいると感じています。海外と比べると、日本はAI投資も活用も遅れている。その中で金融分野は相対的に進みやすい業界ですが、金融分野の中でもMS&ADは一歩前に出ている。AIは業務のスピードも精度も上げられるし、人が足りないところを埋められる。使わないと損、という領域に来ていると思います。

羽深 私は「AIを使う前提で、どう責任を持つか」が核心だと思っています。AIは便利な一方で、新しいリスクも連れてきます。しかも確率・統計に基づく仕組みなので、事前に100%想定して安全を保証するのが難しい。だから、推進側・ガバナンス側・ビジネス側が連携し、攻めと守りの両面で設計する必要がある。その点、MS&ADは比較的早い時期から組織全体で取り組んでいます。

本山 AIを活用するにあたり、情報管理はもちろんのこと、AIの提示する答えが正しいか、あるいはお客さま対応上適切なのかなど、人がAIをどのように使うのかが重要です。そのために必要となる、AIガバナンス体制の整備を継続的に行っています。

――具体的にはどんな取り組みが進んでいますか。

本山 目指すのはAI駆動型企業です。業務を大きく三つに分けて考えています。まず、定型的な事務処理などはAIに代替します。次に、人とシステムが協働している業務については、AIの担う範囲を広げ、人はより高度な判断や例外対応に集中できる体制を整えます。そして、重要な意思決定やお客さまとの繊細なコミュニケーションなど、人にしかできない業務は、AIを補助的に活用しながらも、引き続き人が中心となって対応します。

この考え方は、お客さまの体験価値に直結します。例えば、事故が発生した際、お客さまからのご連絡内容をAIがリアルタイムで分析し、最寄りのレッカー車の手配を迅速にサポートする。また、災害時には即座に保険金をお届けする。つまり、「どのような状況で、どう困っているのか」をAIが理解し、必要な支援を組み立てる。人とAIの協働によるスピード向上の例です。
たとえ社内で1時間の仕事が1分になっても、お客さまへの提供価値が同じなら意味はない。AIで変えたいのは、あくまでお客さま体験そのものです。

平野 保険会社が社会に対して提供したい価値の本質は、お客さまの「心配が少ない」という状態をつくることだと考えています。まさに、MS&ADにとっての「意思を持つ」ということの具体的な表れだと思います。

シナモン のCEO平野未来氏
シナモン のCEO平野未来氏

羽深 ここは守りの観点からも重要です。AI導入は、社員の働き方やお客さまとの接点を変えるので、安心して使える設計が必要になる。さらに、記録・検知の仕組みはプライバシーや運用ルールもセットで整えないと、逆にお客さまから不信を生みかねない。推進とガバナンスが並走していること自体が、MS&ADの「攻めと守り」を体現していると思います。

AI活用、単なる効率化で終わらせない

――お客さま対応が「全部AIになるのでは」と不安視される方もいるかもしれません。どう安心を伝えますか。

本山 おっしゃる通りで、事故直後やご家族の不幸のような局面で「AIが承ります」は、社会的に受容されにくい。技術的にできることと、やるべきことは別です。一方で、夜中に手続きをしたいなど、簡単な内容ならAIの方が良い場面もある。だから「どこを人が担い、どこをAIが担うか」、適切な役割分担を丁寧に探り、オペレーションを設計することが重要です。単なる社内の効率化で終わらせないのが当社の狙いです。

平野 「AI=怖い」は、もう現実に合わないと思います。ネット上の情報もAI生成が増えている。大事なのは、人がやるべきところは人が担い、AIが得意なところはAIに任せる設計。その方が結果的に正確で早くなるケースも多い。安心のための使い分けが肝ですね。

羽深 まさに倫理の論点です。正確でも冷たい応答は、お客さまの不安を増幅させる。保険は信頼が前提なので、温かみや配慮をどう実装するかは重要になります。また、AIが間違ったことを言わない技術的対策も不可欠です。安心は正確さだけでなく、納得と信頼からできています。

AIに詳しい弁護士でスマートガバナンスのCEO羽深宏樹氏
AIに詳しい弁護士でスマートガバナンスのCEO羽深宏樹氏

今後の展望

――改めて、今後はどのような未来を描いていますか。

本山 AI駆動型企業への変革は、単なる業務効率化にとどまりません。AIの活用が進むことで、これまで人の手の制約から実現できなかったサービス——例えば、お客さま一人ひとりのリスクに応じたきめ細かな保険提案や、事故対応のリアルタイム化——が可能になります。

事故対応だけでなく、自然災害や事故を未然に防げる世界を作っていこうとしています。人の手では限界だったリスク分析も、AIで変革します。今後はAIを使って、世界中の膨大な公開データを瞬時に解析し、「この台風では、このリスクが高い」といった未来の危険を予測。事故が起こる前に、具体的な助言をお客さまに提供できるようになります。世界中の様々なデータを私たちが「保険の専門家」としてAIを使って価値に変えてお客さまに提供することが大切だと思っています。

――長期戦略の中でAIが今後どのような方向に向かうのか。「AIエージェント」(※)の考え方も含めて専門家お二人の見解は。

※AIエージェント…人に代わり、特定の目的を達成するために自律的に判断・行動するAIプログラム。

平野 今後、働き方は「意思・判断・実行」の3層に分かれていくと思います。「意思」は人間しか持てません。「実行」はAIが行う。真ん中の「判断」層は、人間とAIが協働する分野になります。AIエージェントが判断のクオリティやスピードを向上させることができますし、AIエージェント次第で私たちの働き方にもっともレバレッジがかかる層でもあります。例えば、炎上やトラブルになりそうな話は人間が判断すべきですが、その手前でAIが「ここは人間が判断した方が良い」とレコメンドする。MS&ADの社会やお客さまの「不安をなくす」という意思に沿って、実行を最大化しつつ、判断を支える。そこが目指すべき方向だと思います。

AIエージェントにより判断のクオリティやスピードが向上
AIエージェントにより判断のクオリティやスピードが向上

羽深 保険金支払いに時間がかかるのは、信頼のプロセスがあるからです。本人確認、事故の真偽、画像の真正性、社内審査、送金までの確認……。AIエージェント化は、その信頼のプロセスをAIでどこまで埋められるか、という挑戦でもあります。精度だけでなく、信頼できるデータ基盤や、会社としてどこまでリスクを受容するのかという制度設計が必要です。うまくいけば、保険会社が社会の信頼をAIで補う形になり、社会的にも大きな意義があると思います。

――「全員がAI人材へ」という人材戦略はどう進めますか。

本山 AIを使わない社員は、もういなくなっていくと思います。ですから、全社員が楽しく自信を持って使いこなせる状態を作りたい。基盤は内製化チームが整え、各職場が「これをAIでやりたい」と手を挙げて作ります。成功体験が関心を上げ、自走につながります。

当然、別途専門家は必要です。高度な技術を持つ専門家であるエンジニアと、「どのようにビジネスを変革するか」という戦略的な視点を持つビジネスサイドの人材の両方が不可欠です。エンジニアについては、社内育成に加えて外部連携、海外人材など、多様なルートで確保します。48の国と地域で事業をしているので、言語・規制・商習慣に対応できる体制も欠かせません。

平野 AI活用には「サクッと使えてインパクトも小さいもの」と「作るのは重いがインパクトが大きいもの」の2種類があります。前者が広がった先に、後者=AIエージェントが業務を変える世界が来ます。MS&ADは前者がかなり進んでいますし、AI人材を700人体制で整備するという戦略を掲げています。700人もの体制で、業務を変革していくのは非常に大きなインパクトを持つ取り組みだと思います。あと大事なのは文化で、MS&ADのように失敗を許容してチャレンジできる会社は強い。AIは新しいものなので、最初から完璧にはいきません。

羽深 AI×人材は「一部の専門家の話」ではなく、全員の話になりました。誤った生成内容や不適切表現を鵜呑みにせず、ソースの確認や文脈理解をする批判能力が必要です。プライバシー・セキュリティのルールも作り、時代に合わせて更新し続ける。そして倫理の線引きは正解がないからこそ、文化として醸成する必要があります。経営層が理解することが、AIを正しく使う企業の条件になります。

MS&ADのAI戦略を進める(左から)平野氏、本山氏、羽深氏
MS&ADのAI戦略を進める(左から)平野氏、本山氏、羽深氏

お客さまに安心と新しい価値を

――最後に一言。MS&ADのAI戦略への抱負を。

本山 
私たちの「意思」は明確です。お客さまに届ける価値を根本から進化させ、AIを活用することで「お客さまから最も選ばれる保険・金融グループ」になること。そのために、従来の枠組みにとらわれず、スピード感をもって変革を推進していきます。

平野 進化が早すぎるからこそ、変化を楽しんで続けられる。戦略も年1回ではなく、四半期で見直すくらいのスピード感が必要だと思います。

羽深 リスクは「やらない言い訳」にされがちですが、正面から認め、分析し、走りながら修正するガバナンスが重要です。MS&ADさんは実装しながらルールを整えていくアジャイルガバナンスの実践者として、社会に必要不可欠なインフラになっていくはずです。