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キャンパスナウ

▼2018 早春号

研究最前線 frontline of the study

社会に貢献する最新の研究についてお話を聞きました。

熊野宏昭
人間科学学術院教授
略歴はこちらから

科学的なアプローチで
生活習慣や行動を変える

熊野宏昭/人間科学学術院教授

 頭痛や腰痛など体の調子が悪くなって診察を受けた結果、「何も異常はありません」と診断された経験はないでしょうか。その場合、身体医学の医師に対処法はなく、実はストレスがあり体調に悪影響を与えていることがあります。もしこうした身体医学の診療現場に、臨床心理学を学んだ専門家がいれば、不調の要因と考えられるストレスについて理解でき、軽減を支援することができます。

スピーチ場面における刺激入力と社交不安傾向の関連の検討:態度が異なる4人の聴衆が別室にいるという設定でスピーチを行い、脳血流を測定。人前で緊張しているとき、脳のどの部位を使っているのかを調査


うつ病や不安障害に関係のあるマインドワンダリングの状態(心が迷走している状態)を、脳波を測りニューロフィードバックという技術を用いて操作。マインドワンダリングの状態を減らす効果的な訓練方法を研究

 また、糖尿病などの生活習慣病の治療では、薬を飲むだけでなく、運動習慣や食習慣の改善など、患者自身が取り組まなければならない課題があります。しかし、医師が「このままでは大変なことになりますよ」と患者を脅したところで、なかなか自力で習慣を変えることは難しい。実際、脅しでは行動は変わらないということが実証されています。そこで、臨床心理の専門家が科学的に実証されたアプローチで患者を支援することで、効率的に習慣の改善を図ることが試みられています。私はもともと心療内科医ですが、ひとりの医師が患者の身体も心も生活も全部カバーするのは無理で、チームで取り組むことが現実的だと考えています。しかし、医学的な素養を持つ臨床心理の専門家は少ないので、それならば自分で育成しようと考え現職に就きました。2017年に始まった心理職の国家資格である「公認心理師」はまさに医療チームの一員として患者を支援する仕事ですが、「公認心理師」を目指す人にとって、当研究室は臨床を重視している点で、最も合致しています※。患者の生活や行動へのアプローチは、医療現場においてはまだまだ手薄。チーム医療が功を奏すれば、生活習慣病や認知症の患者を減らし、医療費の削減にもつながります。

 私の専門である行動医学は、以上のような身体医学のサポートと精神医学の両方に貢献する学問です。患者の生活習慣や行動を変えるためのアプローチは、科学的なデータが不足しているため、研究室ではさまざまな方法で実証実験を重ねています。例えば、糖尿病患者の日常生活の状況、心理、行動、身体の関わりを記録し、フィードバックして行動改善に結びつけるという研究があります。日常を可視化することで患者のモチベーションが高まり、具体的に何を変えれば良いかが分かるので、効率的に生活習慣を改善しやすくなるのです。記録方法には、携帯電話に一日数回送られてくるアンケートに回答したり、スマートフォンに入っているアクチグラフ(加速度センサー)で活動指数を測ったり、パッチを腕に貼るだけで持続的にデータが取得できる血糖値測定器を利用するなどの方法があり、本人が自覚しにくい状態を記録することが可能になっています。

 また、うつ病や不安障害の治療として認知行動療法が行われていますが、認知行動のベースとなる認知能力そのものを高める訓練と症状の相関関係についての研究も行っています。認知能力のひとつである“注意コントロール力”を高める練習をすると、気持ちに余裕ができるようになり、視野が広がって、うつ病や不安障害が改善することが分かっています。脳は筋肉のように鍛えることができ、脳が変わると行動が変わる、またその逆も可能であることは、さまざまな研究によって明らかです。

 研究室のメンバーには、最初は専門を絞らず少なくともふたつ以上の分野を勉強して、相対的な視点を備えてほしいと考えています。それが可能な人間科学部の環境を生かし、学生とともに研究成果を出していきたいですね。

※本学では人間科学部において、2018年4月以降の入学者を対象に、公認心理師試験受験資格を得るために必要な科目の全てを独自に用意することが決まっています。


臨床医として、一般向けの書籍の執筆にも注力。近著『「キラーストレス」から心と身体を守る!マインドフルネス&コーピング実践CDブック』

糖尿病に対する携帯情報端末を用いた心理行動科学的アプローチ法の開発:スマートフォンでアンケートに回答することで、行動と血糖値の相関関係を可視化し、効率的な支援を可能にする

熊野宏昭(くまの・ひろあき)/人間科学学術院教授

1985年東京大学医学部医学科卒業。1995年博士学位取得。東京大学心療内科医員、綾瀬駅前診療所院長、東北大学大学院医学系研究科人間行動学分野助手、東京大学大学院医学系研究科ストレス防御・心身医学(心療内科)助教授・准教授を経て、2009年4月より現職。