早稲田大学の教育・研究・文化を発信 WASEDA ONLINE

RSS

YOMIURI ONLINE

ホーム > 文化 > 「考古調査士」の挑戦—新資格が考古学の未来を拓く—

文化

高橋 龍三郎

高橋 龍三郎(たかはし・りゅうざぶろう)早稲田大学文学学術院教授 略歴はこちらから

「考古調査士」の挑戦
—新資格が考古学の未来を拓く—

高橋 龍三郎/早稲田大学文学学術院教授

 早稲田大学では、2007年度に文部科学省の委託事業「社会人学び直しニーズ対応教育プログラム」に採択され、「埋蔵文化財調査士(考古調査士)の養成および資格授与のための埋蔵文化財科学実践プログラム」を開始した。3年間の事業計画である。

 この事業は、遺跡の発掘調査に従事する人々を、大学に科目等履修生として招き入れ、半年間の考古学専門科目を履修することによって、修了者には「考古調査士」の資格を授与する仕組みを構築する。授業を通じて「埋蔵文化財の保存と活用」や「文化財行政学」などの新たな科目を勉強してもらい、さらにコンプライアンス意識を高揚する事を目的にしている。

国民の財産を守る発掘技術

 現在、埋蔵文化財の発掘調査に従事する関係者は全国で7000名ほど。多くは都道府県、市町村の設置する埋蔵文化財センター、遺跡調査会などに属しながら発掘調査業務に携わっているが、近年は民間の調査組織に属しながら、公的機関の支援業務として発掘調査に参画するものも多くなっている。

千葉・戸ノ内貝塚発掘の様子

 埋蔵文化財は、文化財保護法により「国民の共有財産」と規定されており、道路や空港、病院や学校などの公共施設の建設に先立って、周知の遺跡では必ず発掘調査が行われるように行政的に取り決められている。また民間の開発などにおいても原因者負担の原則の下で、民間資金によって発掘調査が実施される。

 毎年、全国で10000件近くの発掘調査が実施され、約800億円近くの費用が投じられている。日本列島の開発がピークに達した1990年代には、年間12000件余りの発掘調査が行われ、1300億円の巨費が投入された。その頃は、高度経済成長に見合う調査体制が組まれ、多くの発掘調査員が雇用された。バブル崩壊以後、少し低調になったが、それでも年間数百億円単位の市場を形成しているのである。1960年代から今までに累計で約3兆円が費やされた勘定になる。

 遺跡の発掘調査は、専門技術や専門知識が必要なために、大学や大学院で考古学専修・専攻を卒業・修了した学生がその分野に就職することが多い。専門の発掘技術とは、遺構や遺物を的確に把握する技術、的確に発掘する技術、正確に記録する技術などからなり、熟練した技術が求められるのである。その意味では職人的な技術である。発掘調査は如何に優れた技術で発掘されようとも、一種の破壊行為であることは明かである。二度と元の状態には戻すことができないからこそ、発掘調査には高度な技術が要請されるのである。またそれらの調査業務を監督・監理するのは、教育委員会などに所属する専門職員の仕事であり、かれらの技量が調査の成功と直結している。

専門資格なき発掘調査

早稲田大学総合学術情報センター(中央図書館)敷地で発見された下戸塚遺跡

 ところが、これら発掘調査に従事する人達、またそれらを監理・監督する人達が、何の資格ももたずに調査を実施してきたと聞けば、きっと驚く人がいるに違いない。しかし、一方でそれは今まで多くの信頼が寄せられてきた事の証明でもある。

 ところが、一般社会は、あらゆる業種が資格などによってオーソライズされる世の中である。埋蔵文化財分野に従事する人々が何の資格も持たずに国民の血税を使って「国民共有の財産」を発掘してきたとなれば、その制度的な仕組みに疑問を投げ掛ける人も多いに違いない。

 そのような社会的付託を受けながら実施する埋蔵文化財調査で、近年問題となっているのが、専門率の問題である。専門率というのは、発掘調査業務に関わる総調査員のうち、専門分野の考古学などを大学で修めてきた専門家の人数の比率である。2005年度の統計では都道府県、市町村の埋蔵文化財調査機関でも74パーセント前後に収まっている。残りの26パーセントは非専門家が占めることになる。また市町村の管理監督をおこなう専門職員の配置率は50パーセント強に過ぎず、約半数の市町村では自前の調査ができないことを示している。

 それらの非専門家の中には、考古学専修・専攻の出身ではないが、発掘調査に魅せられて発掘現場で学ぶうちに技術をしっかり覚えて今の職を得た人も多い。

 しかし、より大きな問題は、埋蔵文化財の新規採用者のリクルートにあたって、埋蔵文化財センターなどでは教員資格や学芸員資格が必須資格として重要な意味を持ち続けている点であり、考古調査士の資格が問われていない点である。今まで考古調査士資格がなかったばかりに、そのような代替的な資格で採用していたわけである。

 都道府県などでは、発掘現場に考古学の専門家に加えて、全く考古学の知識や技術を持たない教員が出向してくることも希ではない。その人達は、学生時代に他の専門分野を勉強して教員として採用され、初めから埋蔵文化財の発掘調査に回されることなど念頭にない人達で、未知なる発掘調査に従事させられることを不合理に感じた人も多いだろう。専門率が低下する原因の一つはそこにある。調査体制のシステムに問題がある事が理解されるであろう。

認定機構による社会人への資格授与

 早稲田大学が設置する社会人コースは、技量に応じて(1)キャリアアップ・コース、(2)リカレント・コース、(3)マネジメント・コースの3種類である。それらに設置される科目を履修して単位を修得すれば、それぞれ2級、1級、上級考古調査士資格を取得する条件が整う。早稲田大学の外部に設置する「考古調査士資格認定機構」が資格の授与について審査し、資格を授与する仕組みである。認定機構を構築する所までが早稲田大学が委託された業務である。

実は、そのような考古学の資格については今までにも議論された経緯がある。しかし、様々な理由で沙汰止みになってしまった。今回は文部科学省の委託事業でもあり、コース設計やシステムの構築などには、その資金を宛にすることができるので、現在がもっとも恵まれた環境にあるといってよい。

期待されるさまざまメリット

 考古調査士資格を設置し正式に位置づけると次のような幾つかのメリットがあることは確かである。

  1. 埋蔵文化財調査の体制が透明性を増すことは確実だし、調査担当者の技術や知識が資格によって保障される。
  2. 社会に対しても説明責任を果たすことができるだろう。
  3. 実務担当者(専門職員)が所属する役所などにおいても、従来以上に役所内での立場が堅固になる事は間違いないであろう。
  4. 埋蔵文化財の専門家を新規職員として採用する上でも、明確な基準が設定され、透明性ある人事が行える。
  5. 資格を有する専門職員などを人事面で確保しておくことができ、専門職員の配置率を押し上げる効果を期待することができる。
  6. 埋蔵文化財調査に関する採用要件に、従来の教員資格や学芸員資格に替わって考古調査士資格を位置付けることが可能になる。
  7. 埋蔵文化財調査の最前線で活躍する人達にとって良い励みになる。
  8. 必ずしも専門教育を受けていない人達にとって、資格によって同等の技量と知識をオーソライズされることになり、良い励みになる。
現役学生にも人気、多くの大学の参加を期待

発掘は国民の財産を守るという使命を持つ

 本プログラムは社会人を中心にしたものだが、現役の学生に対しても同等の資格を与えることができる。学生課程では、学部コースが2級資格に対応し、大学院コースが1級資格に対応する。学部コースは4月から既にスタートした。学生に中には、将来の就職に備えて資格科目を履修する学生が増加しており、必須単位10単位のうち、2科目の必修科目である「文化財の保存と活用」、「文化財行政学」には100名を越える履修者が殺到した。

 そのような資格設置の趣旨はかなり理解されているらしく、他の大学からも問い合わせや参加希望が寄せられている。また多くの大学では、考古学を志望する学生が逓減しており、その歯止めにも効果がありそうだ。事業の終了時には多くの大学が参画できる仕組みを完成したいと考えている。

参考:考古調査士養成プログラム
http://www.waseda.jp/prj-maibun/

高橋 龍三郎(たかはし・りゅうざぶろう)/早稲田大学文学学術院教授

1953年生まれ。専門:先史考古学・考古学。主な著書に『縄文時代の社会考古学』(安斎正人氏と共編著:同成社)、『総論:考古学と現代社会』(岩崎卓也氏と共著:朝倉書店)など。