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文化

三宮 千佳(さんのみや・ちか) 早稲田大学會津八一記念博物館助手

「温雅」「静寂」の美意識
—服部コレクション 小さな御仏の誘い—

三宮 千佳/早稲田大学會津八一記念博物館助手

 早稲田大学會津八一記念博物館では、平成17年(2005)1月に、本学校友の服部和彦氏から東洋古美術計660点の寄贈を受け、それらを服部コレクションと命名して調査および研究を進めてきました。同博物館では9月24日から10月16日まで、この服部コレクションの小金銅仏(しょうこんどうぶつ)を中心に公開いたします。

服部和彦氏 東洋古美術の探求

 服部和彦氏は、大正12年(1923)静岡県島田市に生まれました。『和玄洞古玩図録』の序文によると、その幼少期から青年期には、自然に親しみ、また美術品の美しさを享受することができる豊かな感受性を育んだようです。小学時代にはすでにメンコや、マッチ箱のレッテル、切手、古銭、各種記念品を集めていたといいます。また幼いころに抱いた日本美術への興味が服部氏の美的感覚を形成し、同時に蒐集の面白さにも目覚め、後年の東洋古美術の探究とコレクションへと広がっていったようです。
服部氏は、昭和17年(1942)9月、19歳で早稲田大学専門部商科を卒業し、昭和18年(1943)に出征。昭和22年(1947)にシベリアから復員した後は、生まれ故郷でもあり両親の出身地でもある静岡市にて薬品の販売業に取り組み、昭和33年(1958)、35歳になると、東洋薬品株式会社(後の服部薬品)を設立し、実業家として活躍するようになります。

オリエンタルアート 660点

 服部氏は、「密教法具に惹かれて」という一文の中で、「鎌倉時代作は、懸仏のような小仏像の表情でもよく見ると、単に〝生けるが如く〟ではなく、温雅とか静寂とでもいうべき趣きがうかがえるのである。ここに仏教美術の奥行きの深さをしることとなり、鎌倉期の雄偉な密教法具に出会っても同様の感銘を受けたわけである」と記し、美術品を評価するとき、「温雅」「静寂」また「雄偉」という、成熟した美、また後世に残る美を基準としていたことがうかがえます。また「〝我流〟と〝美の探究〟との矛盾に悩むことしきりであった」と当時の暗中模索の日々を回顧しています。

 こうして美術と仏教学の探究の日々の中で蒐集された作品は、石田茂作氏の喜寿を記念して、昭和47年(1972)『和玄洞古玩具図録』として刊行されました。そして遂に昭和52年(1977)服部氏55歳のときには、それらの作品を展示・保管する和玄洞集古館を静岡市の西部、藁科川の支流飯間谷沿いの山里に設立したのです。
当館にご寄贈いただいた東洋古美術計660点の作品は、その和玄洞集古館の収蔵品の一部であり、国指定の作品こそありませんが、西はギリシャ、エジプト、イラン、アフガニスタンから東は東南アジア、チベット、さらに中国、朝鮮半島、日本に到るまで、また年代も紀元前から近代まで幅広いため、制作地(出土地)、制作年代ともに網羅的かつ体系的であり、まさにオリエンタルアートと呼ぶにふさわしい東洋美術のコレクションであるといえます。個人のコレクションとしては質、量ともに高い水準を誇るものであり、東洋美術史研究の一助となる作品群なのです。

小金銅仏—小さくも麗しき仏

図版番号1
如来坐像 五胡十六国時代

 本展覧会では、服部コレクション660点のうち仏像102体を公開しています。この102体の制作地、制作年代の内訳は、制作地としては、中国、朝鮮、チベット、東南アジア、日本など東アジア全体に及び、制作年代も4世紀から近代まで広範囲に及び、きわめて体系的なコレクションであります。代表的な作例を3点紹介します。

 まず、中国の古式金銅仏(図版番号1)は、中国五胡十六国時代(304~439)のうちでも特に4世紀半ばから後半に、中原より北方で制作された最も古い仏像で、形式を同じくする仏像が非常に多いものです。この古式金銅仏の特徴は4つあり、(1)衲衣を通肩にまとって腹前で印を結び(禅定印)、台座上に結跏趺坐する。(2)台座正面の両端には半肉彫りの獅子を1頭ずつ配する。(3)頭部の肉髻は大きく高く造られる。(4)頭頂から台座にかけて一鋳とし、側面をみると縦に鋳接ぎと湯ばりを削り落としたあとが見えるため、前後2枚の合わせ型による鋳造であることです。この(図版番号1)は、全体に肉付きがよく、胸部は盛り上がり、両肩と膝前は左右に張っており、鍍金を施している点からみても優品であると思われます。

図版番号2
左:如来坐像 北魏時代 正面
右:如来坐像 北魏時代 背面

 図版番号2は、北魏時代の如来坐像です。これも類似する作例が多い仏像の1つで、総高は12.2センチ。大衣を偏袒右肩にまとい、禅定印を結び、挙身光を負って四脚座上に結跏趺坐しています。特に注目したいのは、その挙身光で、表面は外縁に火焔文を線刻し、その内側の身光の中には半肉彫りの10体の禅定印を結ぶ化仏を、さらに内側の頭光部分にも半肉彫りの蓮華があらわされています。また光背背面の図像はすべて半肉彫りで、下段に二仏並坐像と左右に各1体ずつの菩薩立像および飛天像が、中段には8体の化仏が、上段には如来坐像と脇侍の菩薩立像が2体、さらに頂上には1体の化仏を配しています。本像は、挙身光から四脚座まで一鋳で、側面をみると前後2枚の合わせ型で鋳造されているようです。光背背面下段の二仏並坐像の部分は、周囲と較べて窪んでいますが、それは鋳造の際、溶銅がうまくまわらなかったためで、このような小さな仏像においては自然な現象であり、同じかたちの一連の作品の特徴でもあります。本像はおそらく北魏時代の景明年間(500~503)あたりに、中原よりは北の地域で造像されたものと思われます。

図版番号3
菩薩坐像 ネパール・16世紀

 さて、最後はネパールの16世紀のきわめて美しい菩薩坐像です(図版番号3)。総高15.3センチ。宝髻を高く結い上げ、宝冠をいただき、裳をつけ、右足を上にして半跏趺坐する菩薩像です。右手は五指を伸ばし掌を上にして膝の上に置き、左腕は屈臂して五指を伸ばし、胸前で掌を正面に向けています。宝冠からは冠帯が垂れ、頚部の左右には蓮華の装飾を配しています。また胸飾・臂釧・腕釧をつけています。瓔珞は両肩から垂れ、腹前でゆったりとU字形を呈しています。なお裳の衣文線は、銅と銀で象嵌を施しており、細部にまで精緻な装飾がなされ、展示作品の中でも最も美しい仏像の一つです。

 これらの小金銅仏は、皇帝などの最高権力者というよりも、貴族あるいは裕福な民衆の邸宅の仏間に安置され、日々の仏教信仰のよすがとなっていたもので、まさに生活の中から生まれた祈りの造形なのです。秋のひと時、會津八一記念博物館で小さな仏像に込められた人々の祈りのメッセージをご高覧いただければ幸いです。

参考

會津八一記念博物館
企画展「服部コレクション—小金銅仏の世界」(9月24日~10月16日)
問い合わせ先:03—5286—3835