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文化

ホンモノの持つ力
—古典籍総合データベース—

早稲田大学図書館が進める学術情報発信のあらたな試み

藤原 秀之

<古典籍総合データベースTOPページ>

 近年、図書館や博物館などが所蔵する貴重資料の画像を電子化し、ネット上で公開する試みが広く行なわれている。昨夏、収録点数が10万点を超えたという国会図書館が進める「近代デジタルライブラリー」などは、そのいい例だろう。こうしたプロジェクトを進めるのも容易なことではない。大量の資料の撮影には莫大な費用を投じなくてはならず、画像に付加する情報(書誌情報)の整備も必要である。そのため、各機関とも既存の画像データ(マイクロなど)を使ったり、コレクションの特定分野に限った電子化をせざるを得ないのが実情である。現在、早稲田大学図書館が進めている古典籍総合データベース(古典籍DB)プロジェクト(http://www.wul.waseda.ac.jp/kotenseki/)は、そうした中で、館蔵のすべての貴重資料を電子化しようという画期的な試みである。

30万点の精細画像をネットで公開

「尾張国郡司百姓等解文」(重要文化財)

 2005年4月から5年計画で始まった本プロジェクトは、早稲田大学図書館が所蔵する約30万点に及ぶ和漢の古典籍(ここでいう古典籍には、古文書、書画等、幅広い資料を含んでいる)について、あらたに撮影した全文の精細な画像を、一点ずつ現物にあたりながら作成した資料の情報(書誌情報)とともにネット上で公開するものである。

 早稲田大学図書館には中学、高校の歴史教科書などでもおなじみの「尾張国郡司百姓等解文」「杉田玄白肖像」(いずれも重要文化財)をは じめ、多数の貴重資料が所蔵されている。こうした資料については、これまで館内のカード目録や一部のコレクションに関する冊子目録があるだけで、その存在を知ることができる機会は多くなかった。部分的にはマイクロ化されたり、影印本、翻刻本などが刊行されたものもある。しかし、それはあくまでも館蔵資料の一部であり、図書館が質量ともにどれだけの資料を所蔵しているのか、その全容を把握することは難しかった。また、資料そのものについては、通常は学内の研究者といえども、展覧会やよほどの事情が無い限り原本を眼にする機会はない。文化財の保護という観点からやむを得ないことであり、今後も原本の閲覧、公開については制限を設けざるを得ない。資料の保存は、現在それを持つ機関の務めであろう。だが、完全に非公開としてしまっては、資料は無いのも同じ、文字どおり死蔵である。資料を大事に保存するのも、未来の利用者に今と同じ資料を提供するためであり、図書館は、一見相反する保存と公開という二つの使命を持っていることになる。そして古典籍DBは、相反するこの二つの使命を達成する手段として構築されてきたもので、前述の重要文化財についても、今ではデータベースを通して精細な画像を見ることが可能である。

<2007年度公開ポータル・サイト>「資料でたどる日本の歴史」

 画像公開にあたっては原則としてまったくアクセス制限を設けていないので、世界中どこからでも等しく資料の情報にアクセスすることができ、一度でも本データベースをご覧になったことのある方からは、その内容の豊富さ、画像の美しさに驚きと喜びの声を寄せていただくことも多い。資料の伝来過程を示すさまざまな情報、たとえば奥書、識語といった各種の書き入れや蔵書印、さらには傷み具合といった、通常なら原本を確認しないとわからない情報が、どこからでも手にとるようにわかる素晴らしさを実感していただいているようだ。昨年11月に横浜で開催された図書館総合展に、早稲田大学図書館としてはじめて本格的な展示ブースを設置、古典籍DBをテーマの一つとしてそのPR活動をおこなったのだが、そこでも多くの来場者からデータベースの内容や作成方法などについて質問、感想をお寄せいただいた。精細な画像を自由にご利用いただけるその機能には驚きの声が多く聞かれたが、情報の送り手として、こうした声に触れることに勝る喜びは無い。

貴重書電子化に訪れた転機

 プロジェクト開始から4年、コレクションの電子化はかなりの部分で進んできた。すでに当初予定した約30万点の資料のうち、20万点(6万部以上)の書誌作成を完了し、その半数は全文の画像とともに公開され、早稲田大学図書館が誇る貴重な資料群が、世界中どこからでも、自由に「閲覧」できるようになっている。インターネットを通じて直接図書館の古典籍DBにアクセスしても良いし、Googleなどの検索エンジンからアクセスしても良い。いずれの方法でも、どこからでも等しく、精細な画像と、書誌情報をご覧いただくことができる。

 しかしながら、こうしたデータ公開のあり方にも、今ひとつの転機が訪れていると考えている。いくらコンテンツを蓄積しても、データベースそのものが利用されなければそれは無いのと同じである。書庫内での死蔵からデータベース内の死蔵にかわっただけだ。それではかつてのカード目録や冊子目録を作成して終わっていた頃と変わりはない。

 こうした中で慶応義塾大学では、著作権保護期間の切れた資料のGoogleブックを通じての提供を開始した。これは、限られた分野ではあるが、資料の持つ情報をより効果的、かつ積極的に提供しようとする試みとして貴重である。当館でも、古典籍DBを、より教育・研究の場に活かせるよう、これまでのようなデータ蓄積型から、蓄積と利用促進との複合型にモデルチェンジする必要があるのではないかと考えている。具体的なことはまだ公表できないが、画像や書誌だけではない資料に関するさまざまな付加情報による利用支援、さらには研究成果発表の場としての機能の追加などを検討中である。古典籍DBの今後の展開に注目していただきたい。

ホンモノの持つ力

「芝蘭堂新元会図」(重要文化財)

 早稲田大学図書館には古いものでは1000年以上も前の資料がある。そうした資料を研究するに際し、原本による調査ができればそれに越したことはない。また、展覧会などで目にする原本の迫力はいかに精巧に作られた複製品でも及ばない。“ホンモノの持つ力”に勝てるものは無いといってもいいだろう。しかし、後世によりよい状態で資料を受け継いでゆくためには、いつでも、誰にでも、自由にご覧いただくということはできない。古典籍DBは、現在と未来の利用者に等しく資料を提供するという相反する目的を果たすための現段階でもっとも効果的な手段ではないだろうか。

 かつて、早稲田大学の初代図書館長であり、日本の近代図書館の基礎を築いた一人でもある市島春城(謙吉)は「深蔵如虚」という言葉を遺している。これは本来、「深くしまいこんであるように見えないこと」(『大漢和辞典』)という意味だが、精力的に資料収集を進めるかたわら、所蔵する資料が死蔵されることを憂い、可能な限りの方策をめぐらして資料の公開を進めた春城が口にすると、「深くしまいこんでしまっては無いのも同じ。公開してこそ意味がある」と言っているように聞こえ、それはまさに今の我々の思いに通じるものである。

 これからもより多くの方々に古典籍DBをご利用いただくとともに、そこからあらたな研究成果が発信されることを期待したい。また、あわせて、データベースそのものや、作り手である我々に対してのご意見、ご感想をお寄せいただければ幸いである。

藤原 秀之(ふじわら・ひでゆき)

早稲田大学図書館調査役(特別資料室・古典籍データベース化推進プロジェクト室)。1963年生。早稲田大学文学研究科修士課程修了。専門は日本史(古代史・史料研究)。『市島春城随筆集』解説と解題(クレス出版)、「画指の研究」(『史観』142)、「早稲田大学図書館所蔵伊能図(大図)について」(『早稲田大学図書館紀要』5 4)など。