早稲田大学の教育・研究・文化を発信 WASEDA ONLINE

RSS

YOMIURI ONLINE

ホーム > 文化 > 図書館で展覧会を開く

文化

図書館で展覧会を開く

藤原 秀之/早稲田大学図書館調査役(特別資料室)

 この春、東京国立博物館で開催された『国宝 阿修羅展』は、同博物館の日本美術の展覧会として史上最多、94万人を越える入場者を数えたという。さらに夏以降、今度は九州国立博物館に巡回展示するというから、おそらくそちらも多くの人々で賑わうことになろう。先日、阿修羅像が普段陳列されている奈良・興福寺の国宝館を訪れたが、当然のこと阿修羅像はそこにはおらず、いつもなら八部衆、十大弟子が並んでいるケースの半分に板彫十二神将立像が納まり、入口に「阿修羅は留守です」という内容の看板があるせいか、修学旅行の生徒たちも訪れない館内は閑散としていた。
 確かに阿修羅像そのものは日本で最も有名な仏像の一つだが、それゆえに多くの人がすでに一度はその姿を興福寺で拝観したことがあるのではないだろうか。それでも、あえて長蛇の列をものともせず、今ふたたび東京の博物館で観覧する思いはどこから来るのであろうか。おそらくは、「実は見たことがない」「ずいぶん昔に見たきりなので、忘れてしまった」とか、「少年のような眼差しに癒される」とかいろいろな理由から像の前に立ったのかもしれない。一方では、そうした拝観の対象、仏像としての阿修羅像への思いとは別に「通常では見ることができない近さ、角度から見ることができる」「普段揃って展示されることのない逸品が一堂に会している」と言った、美術作品、資料としての阿修羅像や関連諸像に対する強い思いが、人々の足を上野に向かわせたのであろう。

 ところで、一般に図書館は、本を読むところ、と認識されていよう。もう少し具体的に言えば、特定の目的を持って、さまざまな形状(媒体)の資料を個人(時にはグループ)で閲覧・調査したり、特にあてもなくふらっとその場を訪れて、本棚にならんだ本を見る、そういった場所だと思っても大きな間違いではないだろう。そこでは資料と人とはおおむね1対1の関係で対峙することになる。一つの資料に数十万人が集まってくる展覧会とはまさに正反対と言ってもよい。
 ところが、そうした図書館でも展覧会が開催されることがある。そのとき、図書館は普段の顔とは異なる博物館のような展示機関としての顔をのぞかせることになる。つまり図書館資料の「普段とは違った見方」がそこにある。以下では、早稲田大学図書館の事例をもとに「図書館で展覧会を開催する」ことの意義を考えてみたい。

 早稲田大学には坪内博士記念演劇博物館、會津八一記念博物館と二つの博物館があり、常設展示の他に、さまざまな企画展示を毎年おこなっている。また、学内には別に専用の展示スペース(125記念室、ワセダギャラリー)が用意され各種の企画展示に対応しているが、図書館でもそれとは別に、年に数回、独自企画の展覧会を開催している。会場は主として図書館と同じ建物内の展示室を用いるが、時には学外の施設に資料を運んで展示することもある。

図書館総合展(横浜)での展示(2008.11)

 そもそも展覧会は、図書館にしろ博物館にしろ、所蔵資料についての情報発信の場だと考えていいだろう。所蔵する資料を独特な切り口でとらえて陳列した特集展示、新たなまとまった資料を収蔵したときの記念展示、さらには何かしらのメッセージを伝えるための展示、などさまざまな局面で展覧会が開催される。そこには所蔵する資料を埋もれたままにしておかない(「死蔵」させない)、という教育・研究機関としての大きな使命が存在する。

 近年の博物館、美術館での展示は、様々な事情からそれぞれの館が所蔵する資料ではなく、テレビ番組や新聞社、出版社による企画など、外部からの持ち込み企画(出陳資料も含めて)の展示も多くなっているが、本質的には展覧会は資料の公開の場としてある。
 特に博物館、美術館の場合、年間計画が春・秋の特集展示を中心に立てられ、日々の調査・研究活動の多くの時間がそこに割かれているのではないだろうか。だとすると、それは展覧会を開催することが館にとっての大きな目的となっていると考えてもいいかもしれない。もちろん開催することですべての目的が達せられるわけではないことは当然だが、それでも各館の運営の中で展覧会の位置付けはかなり大きな部分を占めることになろう。

中古文学会との共催企画(2009.5)

 一方で大学図書館等の場合、規模の大小はあるが、各種の学会や研究大会の開催に合わせ関連資料を展示したり、地域のイベントにあわせて展覧会を開催することもある。2009年度に入ってから早稲田大学図書館がかかわった展示、4月以降ですでに4本の企画が実施されたが、そのうち3本が学会、研究機関との共催であり、他の1つは、大学主催という形で地域の校友会(稲門会)との共催で開催したものであった。この場合、展覧会の開催を学会員相互の情報共有のため、また大学の広報活動の一環として位置づけることもできる。つまり、展覧会の開催が、目的ではなく手段として用いられていることになる。

 展覧会を開催することには、多くの人たちに館蔵の資料を見ていただくことで、図書館についての理解を深めてもらえるという外向きの事情だけでなく、展覧会にかかわることで担当者の知識、経験が向上する、という企画する側のメリットもある。特に図書館の場合、すべての館員が日常的に資料、特に古典籍にかかわるわけではない。どちらかと言えば、業務の外注化(委託)が進む中で、古典籍だけではなく資料そのものに接する機会が減ってきている。仮に資料に近い職場であったとしても、常設の展示会場を持っている図書館は少なく、そのための専任の職員を置いている機関はほとんどない。そうした中で展覧会は、古典籍を直接手にする数少ない機会であり、そこにかかわることが館員それぞれにとって有意義な時間となることは言うまでもない。早稲田大学の前述の2つの博物館施設では学芸員、助手等が主として展示の企画、運営にあたっているが、図書館では、館内に展示委員会を設置、委員長以下4名の館員がすべての展示の企画・運営をおこない、その他の館員には必要に応じて企画段階から参加してもらっている。
 館蔵資料を用いてどんな展覧会が可能か、その企画のメダマとなる資料はどれで、その他の周辺資料には何があるか、企画と資料、どちらが先とも言えない中で、委員同士が知恵を寄せ合い、一つの展覧会を作り上げてゆく、その作業は決して簡単なものではない。ただ、その経験は担当者一人ひとりに小さな自信を持たせる。その積み重ねが図書館員としての能力に直結する貴重な体験となる。

群雄割拠!!展(2009.3)

 もちろん展覧会と称する以上、それは来場者があって初めて成り立つものである。いくら作り手が好企画を自負し、意義深い展示であったとしても、来場者が少なければ開催する意味は半減する。来場者、図書館利用者の見たい、知りたい、という欲求を満たせるような、そんな展示が求められている。そこに必要なのは見せる工夫ということになろう。大学図書館の展示というと、ともすると学術的なイメージが勝ちすぎてしまい、展覧会の名称までお固い印象をぬぐえない。早稲田大学図書館の過去の展示を見ても、そうした固いタイトルが多い。
 近年は、できるだけそうしたイメージを持たれないよう親しみやすいタイトルとし、それでいて資料的にも質の高い展示を心がけている。この春開催した「群雄割拠!! ~戦国の世から天下統一へ~」展などは、従来無かったタイプのタイトルであり、ポスターにも安土桃山時代のものとされる具足(これももちろん図書館所蔵資料で出陳したもの)を大きく掲げたことで、「これが図書館の展示?」と思った方もいるようだ。そうした広報の成果もあってか、来場者数もこの時期としては異例の多さであった。図書館での展示も、今後はこうした視覚的な効果を意識しつつ、一方で教育・研究に裨益するような内容を考えてゆく必要があろう。

 早稲田大学の中央図書館には1日平均で3,000人以上、年間約100万人の来館者がある。また、図書館には国宝、重要文化財に指定されているような文字どおりの稀覯本だけでなく、さまざまなタイプの資料が収められている。さまざまな目的をもって来館する人々に、図書館が所蔵する資料について、将来的な保存を考えつつも現代の人々に有効活用していただくための一つの手段として、今後も展覧会を積極的に開催してゆきたい。ふと足を止めて立ち寄った展示室で新たな発見をし、それが次の学習、研究活動の一助となれば幸いである。
 過去の図書館主催の展覧会については下記のページに集約してある。ここには開催予定の情報も随時追加している。一人でも多くの皆さんに図書館が開催する展覧会をご覧いただければ、と思っている。また、わざわざ来館するのは難しいな、という方は古典籍総合データベースを通じてお好きな形で電子展覧会を楽しんでいただきたい。

早稲田大学図書館ホームページ(展覧会)

http://www.wul.waseda.ac.jp/exhibition/index.html

古典籍総合データベース

http://www.wul.waseda.ac.jp/kotenseki/

藤原 秀之(ふじわら・ひでゆき)/早稲田大学図書館調査役(特別資料室)

1963年生。早稲田大学文学研究科修士課程修了。専門は日本史(古代史・史料研究)。『市島春城随筆集』解説と解題(クレス出版)、「画指の研究」(『史観』142)、「早稲田大学図書館所蔵伊能図(大図)について」(『早稲田大学図書館紀要』5 4)など。