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文化

石井 仁志

カオスを内在する写真の未来
—「占領期雑誌フォトスvs.現代若者の眼力」展に寄せて

石井 仁志/20世紀メディア評論・メディアプロデューサー

 写真というメディアが誕生して約170年の歳月が経ち、ますます表現力の多様化に拍車が掛かってきつつある。一方、20世紀から21世紀への流れの中で、根本的に写真の概念を変えるような技術的変革が成されつつあるともいえる。アナログからデジタルへという流れ、これはスピード、利便性などの点において写真創成期以来の大きな節目、いや革命といっても過言ではない事象なのかもしれない。結果としてまったく新しい表現方法が駆使され、素晴しい作品が生み出されている。

北野謙《溶游する都市 #5浦安》 ©KITANO Ken

 一方、20世紀の銀塩写真を中心とするアナログ写真文化は、過去の表現形式になったようにも感じられるが、その写真産業の中に占める割合こそ急激に縮小の一途を辿ったものの、表現の味を求め続けるプロ作家達や、異分野の芸術家などには支持者も多い。依然としてアーティスティックな写真の追及の手段として、スナップ写真の王道の一部を支え続ける表現方法としても活き続けている。白黒印画紙の不足、その種類における選択肢の消滅など、困難が目白押しだが、逆に現代においてこだわりの中で生み出されるアナログ写真、その残された作品、記録などからは素晴しい別物の写真世界が拡散して来ていることを感じるのは、わたくしだけだろうか。最近の若者達の中には銀塩の世界を覗き、その良さに開眼していく人々が少なからずいるのだという。伝統保存とは一味違った意味で、これらのアナログ技法が着実に生き残る方策を、できれば国家プロジェクトで考えていただきたい。文化を育てるとは、啓蒙活動や教育を含めて、こういった様々な課題をクリアしていく積み重ねの継続だと思う。

亀山亮《カメンゲ精神病院》(清里フォトアートミュージアム所蔵) ©KAMEYAMA Ryo

 例えば、20世紀のほぼ真ん中に生を受けた、わたくしの写真体験を辿ってみると、小学校で作った針穴写真機、中学時代はリコーオートハーフで撮った銀塩の白黒写真(暗室作業もこの頃覚えた)、高校以降、オリンパスOM−1 で撮りまくったカラー写真。今はというと、LUMIXでデジタル写真を撮っている。この間、写真機も多種多様なものの御厄介になり、さらには興味の方向も変化して、実作から鑑賞へ、そして写真展のプロデュースを手掛けるまでにいたった。好きこそ物の上手なれ、を地で行った結果であろうか。実際に写真を撮るという行為、また写真を見る、鑑賞するという行為には、眼力(めぢから)が必要となる。写真家は自己の視座を確立し、その時代の中で何を写し撮り、いかに人の琴線に響く作品を創り出していくか。その行為の積み重ねこそがプロの証しとなっていくのだ。そしてプロ作家を支えていく鑑賞者たる人々が感性を磨き、その時代の写真をどう見続けていくのかという問題が、常に写真メディアの傍らに帯同していなければならないと感じる。使い捨ての写真が無限に生み出される現代にこそ、眼力が必要とされるのだ。

ムネム・ワシフ《Old Dhaka》(清里フォトアートミュージアム所蔵) ©Abdul Munem WASHIFI

 昨年、岩波書店から『占領期雑誌資料大系 大衆文化編』全5巻が刊行された。この編集委員として占領期という時代を俯瞰するとともに、その時代の写真と音楽の章を主に担当させていただいた。個人的にこの時代の写真を集中的に見始めてから7年ほどで、この仕事をまとめられたことの意義は大きかった。そして、占領期という特異な環境における写真分野の復興と、高度経済成長期までの写真が辿った軌跡は、混沌とした位置エネルギーの高揚とでもいえようか、その状況の一部は「占領期雑誌フォトス」と括って表現して良いのではないかと思い至ったのだ。異論はあろうが、写真史の中で、この時代ほどカオスを感知でき、更に敗戦をはさんで写真家達の意識や作風などに激しい変革が起り、カストリ雑誌まで含むいわゆる雑誌ブームの只中で、写真界は新たな胎動を自らに課したのだ。

G.M.B.アカシュ《Take me home》BORN TO WORK(CHILD LABOR IN BANGLADESH)》 ©G.M.B.AKASH

今、社会はデジタル化という波に飲み込まれ、表現の方向性を必死に模索せざるを得ないカオスを内在している。思想、芸術といった長いスパンで思考を必要とする分野はスピード、経済性、利便性でどこかに切り捨てられていくような印象が強い。つまり深みのない表層の文化が世界を闊歩しているようだ。写真の将来、未来を見つめ続けるのに、わたくしはどのような行動を起こせるか。こう考えをめぐらせた。以前から文化領域の異分野を橋渡しし、サロン的な空間を常に提供できるような場所を創り出したいと考えていた。写真、映像、音楽、文学そして自然科学の領域までも含む啓蒙的な場所を創出する夢を見続けている。実践活動の一環として写真展のプロデュースを継続しているのだ。

寺本早織《Holi》(清里フォトアートミュージアム所蔵) ©Teramoto Saori

 今回、早稲田大学の125記念室で「占領期雑誌フォトスvs.現代若者の眼力」展、同時期にビジュアルアーツギャラリー東京で「現代若者の眼力」展を開催するのも前述したような理由による。さらには、ワセダギャラリーで1月16日まで開催中の「この壁を飾るのは誰、この台上を埋めるのは君」展もビジュアルアーツギャラリー東京のエントランスホールに継続される。中堅、若手の写真作家、早稲田大学、ビジュアルアーツ、早稲田芸術学校の学生達、大学写真部や他大学の学生達が同じ土俵で、作品を展示し競い合い、刺激しあいメディアやギャラリストをはじめ、多くの鑑賞者に自らをアピールできる場の創設をもくろんだ。これらの企画の推進には、もう一つの大きな契機と要因がある。

竹内花子《THE DAY》(清里フォトアートミュージアム所蔵) ©TAKEUCHI Hanako

 清里フォトアートミュージアムの存在である。1995年以来、「ヤング・ポートフォリオ」(以下YP)という催しを継続している。これは写真に情熱を燃やす青年達の作品を収集し、永久コレクションとして後世に伝えるというプロジェクトだ。作品は選考の上、買い上げられるシステムである。わたくしはこの青年達を支援する理念に感動した。以来お付き合いをさせていただいている。細江英公館長と関係の皆様方のご好意で、YP、現在までの永久保存作品4390枚から二ヶ所での展覧会用に、わたくしがセレクトした128作品を、この度、初めて清里以外で展示できることになったのである。まさにまだ評価の定まらない、とはいえその熱意と創意工夫の盛り込まれた素晴しい作品群には、毎年選考を務める写真家達を深い感動に導く力が内在しているのである。ネット社会のもたらした地球規模での距離感の喪失は、ここではプラスに働いている。世界各国の青年たちが、清里のこの催しに向けて、毎年応募してくるのだ。その世界を東京の西早稲田で、早稲田大学、ビジュアルアーツ東京という、まさに青年達の学びあう場所で、体験していただけることは非常に有意義なことだと思う。さらにプロ、アマの垣根を外した「この壁を……」展の若き表現者達が、これを機縁にYPに挑んでくれることも強く願っている。

オ・ソククン《The Text Book (Chulsoo N'Younghee)》 ©OH Sukkuhn

 早稲田大学125記念室の展示は、占領期雑誌フォトスと清里の若い力の写真の対照が生み出すコントラストを大きなコンセプトとしている。現物の雑誌を展示するほか、あえて細かい書誌情報などは省き、雑誌フォトスの持つ迫力を見てもらいたい。ビジュアルアーツギャラリーでは、「時の記憶」といった表題をイメージしながらセレクトした諸作品を展示し、さらにエントランスホールの展示もまた一見の価値がある。どうか早稲田通りを行き来して二会場を存分に楽しんでいただけることを心より願っている。そして、この3つの展覧会がそれぞれの場に根付き、未来へ向け継続されることを祈らずにはおれない。

「占領期雑誌フォトスvs.現代若者の眼力」展

日時:2010年1月9日~2月27日
会場:早稲田大学26号館10階125記念展示室 東京都新宿区西早稲田1−6−1

石井 仁志(いしい・ひとし)/20世紀メディア評論・メディアプロデューサー

1955年生まれ。アテネ・フランセ修業。近現代文化史研究および評論(音楽・写真・映像)、中島健蔵研究。早稲田大学エクステンションセンター講師。東京都写真美術館「生誕百年記念中島健蔵展」(2003)監修。『占領期雑誌資料大系』(岩波書店、2009)編集委員・編集者