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町田 つかさ(まちだ・つかさ)/會津八一記念博物館助手 略歴はこちらから

尾崎文彦の元気 無垢の目Ⅱによせて

町田 つかさ/會津八一記念博物館助手

 このたび會津八一記念博物館では、「尾崎文彦の元気 無垢の目Ⅱ」と題した企画展示を開催いたします。出品されている作品33点のうち24点が、いぬやねこの動物を描いたものです。シンプルな線と鮮やかな色彩で表現された動物たちは、見る者に鮮烈な印象をあたえます。

 副題のとおり、本展覧会は2008年6月に開催された「無垢の目Ⅰ」の流れを継ぐものです。前回の展覧会では、4人の女性作家による作品を展示しました。これらの出品作家たちは、いずれも障害を抱えながら創作を続けている方たちでした。今回取り上げる尾崎文彦さんも、同じように障害を抱えています。

 20世紀フランスの画家ジャン・デュビュッフェは、心に病を抱えた人や専門的な美術教育を受けた経験のない人びとがつくりだす優れた作品を見出した第一人者とされています。デュビュッフェはこれらの作家と作品を「アール・ブリュット」(Art Brut 生の芸術)と呼び、その美しさをたたえました。従来指摘されてきたように、デュビュッフェがこれらの作品を評価した背景には、洗練されすぎた西洋文明とアカデミックな美術への反発がありました。つまりそれは純粋に心打たれたがゆえになされた賞賛ではなかったかもしれませんが、それでもこれらの作品の持つ力強さが、当時の美術界とそれをとりまく人びとに衝撃を与えたことには間違いありません。

図1「精神薄弱児山下清展」於:早稲田大学図書館中央ホール(現會津八一記念博物館ホール)の様子 1937年

 ヨーロッパにおいてこれらの作家が見出された数年後、奇しくも日本でも同じように、障害を抱えた作家による作品を評価しようとする動きがあらわれるようになります。この流れの中で見いだされた代表的な作家として山下清が挙げられますが、始めて本格的な山下清の展覧会が開かれたのが早稲田大学構内であったという事実は、あまり知られてはいません。山下をはじめとするこれらの作家とその作品を指して、日本では「アウトサイダー・アート」という言葉がしばしば用いられますが 、日本の「アウトサイダー・アート」の歴史について述べられた本には、右に掲げた写真がしばしば掲載されています 。この背景に見られる、上部に施された装飾が特徴的な柱から、ここが現在の會津八一記念博物館のホール(当時は図書館の中央ホールとして利用されていました)であることがわかります。山下清を見出したのは、当時早稲田大学で心理学の講師をしていた心理学者、戸川行男でした。戸川は研究調査の一環で八幡学園を訪れた際にこれらの児童たちの才能に感銘を受け、昭和12年から翌年にかけて、大学を会場に彼らの作品を展示する展覧会を数回開催しました。その試みのうち、ここ博物館のホールを会場として行われた「精神薄弱児山下清展」の様子を記録しているのがこの写真なのです。 当館がその名を冠す會津八一先生もまた、この児童たちの才能に感嘆したひとりでした。八一は教え子であった戸川の紹介で山下清の作品に触れ、感銘を受けます。展覧会にあわせて開催された座談会にも、戸川や式場隆三郎、今和次郎らとともに出席しています。また、戸川の案内で八幡学園を訪れた八一はその記念として「慈愛」と揮毫し、それを学園に寄贈しました。

図2 尾崎文彦の元気 展覧会会場風景

 これら早稲田大学での展覧会をきっかけに、山下清は日本中の注目を集めることとなります。山下清作品をめぐって、梅原龍三郎、小林秀雄、安井曾太郎などといった当時の大御所の画家や文化人たちが議論を繰り広げました。アウトサイダー・アートという言葉が生まれる以前の出来事です。

 このような作家や作品を、「アウトサイダー・アート」と呼ぶようになった現在、それらの作品と向き合うわれわれにつきまとうのは、いったい何がインサイドで、そしてなにがアウトサイドなのか、その内と外を隔てる境界線をだれが何を以て決めることができるのかという、終わりのない問いかけです。ここに展示された作品を、ひとたび自らの「アウトサイド」にあるものとして見てしまえば、おそらくそれ以上に何かを感じることは不可能になるでしょう。それは作品と自分との間に一線を引く行為であり、作品との直接的なかかわりを放棄することになるからです。 ジャン・デュビュッフェは、アール・ブリュットを集めて開催された初めての展覧会のタイトルとして、次の言葉を寄せています。

 「文化的な芸術よりも、生(き)の芸術を」(L’Art brut préféré aux arts culturels)

図3 尾崎文彦《ねこ》2009年 パステル

 生の芸術(Art Brut)に対峙する際には、なによりも鑑賞者である我々こそが、生のままであることを求められているのかもしれません。 戸川行男は、早稲田大学で開催された展覧会を振り返り、以下のように述べています。

 「いつもそうなのであるが若い学生が夢中になつて感激した。このときにも仏文、独文の学生が陳列の準備をそちのけにして興奮してゐて困つた。ゴッホやアンリルソーの名が皆の口に上がつた。」

 戸川はこのほかにも、作品に接した学生の反応を折に触れて書き記しています。未知の作品に接し、驚きと興奮に目を輝かせる学生をほほえましく見守る戸川の姿が、その文章から読み取れます。 あるかなきかのボーダーから一歩を踏み出し、生のままの精神でこれらの作品に真正面から向かい合うとき、そこに何が見えるのでしょうか。数十年の時を超えて催される本展覧会が、現在の早稲田大学に集う学生のみなさんにとって、当時の学生と同じような鮮烈な感動に出会える機会となることを期待しています。

関連リンク

會津八一記念博物館

尾崎文彦 略歴

1978年 東京生まれ
1997年3月 東京都立町田養護学校卒業
1997年4月 「クラフト工房 La Mano」のメンバーとなる
2009年7月1日−30日 「文彦くんの絵と動物たち」展(於:かんらん舎)
2009年11月7日−23日 「第17回 陽と風と…とっておきのアーティストたち」展(於:ふくやま美術館)に参加

尾崎文彦の元気 無垢の眼Ⅱ

2010年5月6日(木)から5月29日(土)
早稲田大学會津八一記念博物館一階企画展示室
10:00から17:00 日曜休館、入館無料

  1. ⅰ ロジャー・カーディナルによるArt Brutの英訳。Roger Cardinal, Outsider Art, New York, 1972.
  2. ⅱ 三頭谷鷹史『宿命の画天使たち 山下清・沼祐一・他』美学出版、2008年;はたよしこ編著、ボーダレスアートミュージアムNO−MA企画『アウトサイダー・アートの世界—東と西のアール・ブリュット—』紀伊國屋書店、2008年。
  3. ⅲ Jean Dubuffet, L’Art brut préféré aux arts culturels, Paris, 1949.
  4. ⅳ 戸川行男『特異児童作品集出版の由来』春鳥会、1939年(『特異児童作品集』別冊)。
参考文献
  1. 丹尾安典「心理学者とK.Y」『一寸』第36号(2008年11月)29−34頁
  2. 『會津八一と越の学び舎』新潟市會津八一記念館、2009年
  3. 『無垢の眼Ⅰ』早稲田大学會津八一記念博物館、2008年
  4. 『無垢の眼Ⅱ 尾崎文彦の元気』早稲田大学會津八一記念博物館、2010年

町田 つかさ(まちだ・つかさ)/會津八一記念博物館助手

1981年生まれ。2008年早稲田大学大学院文学研究科博士後期課程入学、2010年4月より現職。専門は美術史学(西洋近現代)。