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高松 寿夫(たかまつ・ひさお)/早稲田大学文学学術院教授 略歴はこちらから

文学科創設120周年によせて
—逍遙から脈々と続く歴史と伝統—

高松 寿夫/早稲田大学文学学術院教授

 今年は、早稲田大学の前身、東京専門学校に文学科が創設されて120周年を迎える。文学科はその後、文学部となり、戦後の第一・第二文学部時代を経て、2007年度より、文化構想学部・文学部の2学部として生まれ変わった。今年度は、その新生2学部の最初の入学生が卒業を迎える完成年度にもあたっている。文学研究科も含めたわれわれ文学学術院では、これを記念して、いくつかの催事を計画しており、秋学期前半には、それらが立て続けに開催されることになる。

マスコットキャラクター選定—逍遥先生いまだ健在

 まず、今回の120周年にあたって文学学術院では、マスコットキャラクターを募集した。合計10作品前後の応募があった。数こそ多いとはいえないかもしれないが、いずれも粒揃いの魅力的な作品を厳選し、最後は文学学術院の学生、教職員全員参加の人気投票を行って、文学学術院キャラクターに決まったのは、「ショウホー博士」(下掲図像右)と「ブンコアラ」(同左)の2つであった。いずれも学部在学生による作品である。

 (ちなみに、8月6日~8日のオープンキャンパスでは、この2つのキャラクター入りの団扇が、戸山キャンパス限定で無料配布される予定。文化構想学部・文学部の学部説明会に参加した方だけの特典である。)

 新マスコットキャラクターの「ショウホー博士」は、もちろん坪内逍遥をモデルにしている。それに知恵のシンボルであるフクロウを掛け合わせている。私は、たまたま今回のマスコットキャラクター募集への応募作品をすべて目にすることができる立場にあったのだが、実は、10作品ばかりの応募のうちには、「ショウホー博士」以外にも複数、坪内逍遥をモデルにした作品があった。ワセダの文学科の創設にあたっては、なんといっても坪内逍遥の存在が大きい——そんなことは、私のように、学生時以来、気がつけば25年以上も早稲田に居座ってしまっている人間にすれば、自然と身につく感覚ではある。しかし、それが現役の学生諸君にとっても、しっかり定着しているイメージであることを垣間見て、ちょっとびっくりした次第である。

 逍遥は、昨年が生誕150年。彼の文学論の原点的著作である『小説神髄』は、今年、岩波文庫が改版され、本学の宗像和重先生の校注と解説によって、たいへん読みやすいテキストが刊行されたので、「ショウホー博士」の登場を機に、学生諸君にも読んでもらいたいと思う。

記念展示—初公開資料も多数

 ワセダの文学科は、いわば逍遥と逍遥チルドレンたちによって築き上げられてきたようなところがあるが、今回、120周年を記念して、その歴史を振り返る企画展示を開催することとなった。題して「交差する知—文化の構想力」。会場は會津八一記念博物館1階の企画展示室で、期間は10月11日(月・祝)~28日(木)。120年の歴史にちなむ様々な資料を展示する予定。早稲田大学の各箇所が所蔵する資料を厳選しての展示になるが、中には、今回おそらく初めて一般に公開されることになる資料も含まれている。

 昨年の夏休み直前のこと、新校舎建設を控えた大々的な整理を事務所の方が行っていたところ、倉庫から、ひとまとまりの資料が掘り出された。どういう経緯があってのものかは不明だが、おそらく学部関係の貴重資料として、歴代の学部長が預かってきたものが、いつのまにか倉庫の一角に埋もれてしまっていたものらしい。内容は、手蹟、書簡、写真、図面など、雑多であるが、一見しただけで、貴重なものと知れるものが少なくない。

 私が見て面白いと思うものをひとつだけあげると、西條八十が昭和14年(1939)10月24日に、当時の文学部長・吉江喬松に宛てた書簡がある。西條八十は一般には詩人あるいは流行歌の作詞家として有名だが、文学部のフランス文学の教員だった。宛先の吉江は、学部卒業後フランスに留学し、帰国後、早稲田に仏文科を創設した人。西條八十の恩師でもあった。西條八十は、このころ授業を長いこと休講していたらしく、学部長から問い合わせがあったもののようで、それに対して、「最近、歯が2本抜けかかっていて調子が悪くて授業が出来ない」との弁解を縷々記し、「そんなわけで」あと半月休ませてくれ、と願い出ている。右に示す画像は、その「そんなわけで」のアップ。西條八十という人の人柄や、恩師であり学部長でもある吉江との人間関係がうかがえるようで、興味深い。

 新発見の資料には、実はもっと資料的価値の高いと思われるものも含まれる。それは、日本近代演劇史上の重要人物が、その人物の一生でもエポックになる事件に際して、時の学長の高田早苗に心情を吐露した書簡である。これについては、改めて別に資料報告が予定されているようなので、この記事では具体的に記すのを控えるが、その資料には、會津八一の遺族から文学部に寄贈された旨の無署名の添え状が付帯していた。そして、その無署名の添え状が、谷崎精二の筆跡であることを証する識語が、辻村敏樹によって追記されている。

 谷崎精二は谷崎潤一郎の弟で、英文学者。昭和21年に文学部長となり、昭和35年までの14年間にわたって学部長を務めた。辻村は国語学者で昭和48年5月から1年間余、第一文学部長を務めた。私は、学部時代にこの辻村先生に教わっている。だから、この辻村先生の追記1行で、100年近く前の歴史的文書が、グッと私個人に密接してくる思いに駆られる。私と同世代以上のOB・OG諸氏は、今回の展示をご覧になれば、いくつかの展示品から同様の印象を感じることになるであろう。また、現役の学生諸君にも、直接こんにちの自分につながる歴史として、展示の数々に接してもらえれば、と切に思う。ワセダの文学科の栄光を手放しで賛美せよ、といいたいわけではない。自分たちの学ぶ学部のこれまでにいたるさまざまな人々のうごめきを、関心を持って見つめてもらいたいのである。

 展示では、哲学科の基礎を築いたものの若くして逝った大西祝(1864−1900)関係の資料や、東京専門学校出身の作家で、初期の社会主義運動家であった木下尚江(1869−1937)の全集未収録資料なども展示される。展示にタイアップした講演会やギャラリートークも予定されている。

10月11日 記念式典—既成の枠を疑いジャンルを超えて構想する

 10月11日の展示の開始日は、大隈講堂を舞台に、「創設120周年記念式典」が開催される。式典は、2つのシンポジウムを軸に構成される。午前の部は「「東アジア」とは何か:共生のための地域形成への模索」と題し、自明の枠組みと思われがちな「東アジア」という概念自体を相対化する視点から、歴史学・社会学等の専門家による討議が行われる。午後の部は「演劇・舞踊における伝統と現代」と題して、現代日本の演劇シーンの最前線で活躍する方々を招いて、伝統演劇・現代演劇の枠を超えた対話が繰り広げられる。既成の枠を疑い、範疇を超えて現代のあり得べき姿を模索することは、文学科創設以来の一貫した姿勢だったようにも思われる。記念展示のテーマを「交差する知—文化の構想力」とした所以でもある。

 記念式典の詳細や、そのほかの120周年記念事業については、こちらのサイトで随時確認していただくことができる。関心を持つ多くの方々のご参加を期待している。

創設120周年記念行事
「FUTURE UNDER CONSTRUCTION」

—創設120周年記念式典—
開催日:2010年10月11日(月)

◆シンポジウム ※HPからの事前申込制
会場:大隈講堂
10:15~12:30(9:45開場)
「『東アジア』とは何か:共生のための地域形成への模索」
ラインハルト・ツェルナー ボン大学教授、張寅性 ソウル大学教授ほか

13:45~16:00(13:15開場)
「演劇・舞踊における伝統と現代」
鈴木忠志氏(演出家)、野村万作氏(狂言)、花柳寿輔氏(日本舞踏家)ほか

◆展示 ※予約不要
「交差する知−文化の構想力」
会場:會津八一記念博物館
開催日:10月11日(月・祝)~10月28日(木)
レクチャー会:10月16日(土)、10月23日(土)
閉館日:10月21日(木)、10月24日(日)
*内容は都合により変更となる場合はあります。

◆詳細情報
URL:http://www.waseda.jp/bun/120/index.html

高松 寿夫(たかまつ・ひさお)/早稲田大学文学学術院教授

1966年、長野県上田市生まれ。早稲田大学文学学術院教授(文学部・日本語日本文学コース)。早稲田大学大学院文学研究科中退。博士(文学)(早稲田大学)。専門は日本古代文学。著書に『古代和歌 万葉集入門』(トランスアート)、『上代和歌史の研究』(新典社)がある。編著に『日本古代文学と白居易—王朝文学の生成と東アジア文化交流』(共編、勉誠出版)など。