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吉岡 忍(よしおか・しのぶ)作家、日本ペンクラブ常務理事、文学フォーラム企画制作幹事長 略歴はこちらから

グローバルな環境の文学に、何ができるか
—国際ペン東京大会2010文学フォーラムの狙い

吉岡 忍/作家、日本ペンクラブ常務理事、文学フォーラム企画制作幹事長

 文学は環境をどう描くか?

 なんて問われても、私たち作家は途方に暮れる。人間が神様に取って代わって世界の主人公になってからというもの、文学は人間と人間が作り出した世の中の出来事を書くことに集中してきた。この地球や自然環境など、そこに鉄やダイヤモンドか、石炭や石油でも埋まっていないかぎり、ほとんど眼中になかった。

 しかし、こうした人間中心の近代文学が生まれて二百数十年、当時は数億人だったヒトの数は、いまや68億人を超し、毎年1億人近くも増えている。この膨大な人口が、朝昼晩食べて、着て、住んで、排泄・廃棄して、そのいちいちにかかる費用を稼ぐためにがむしゃらに働いて、たまには気分を変えようと、またお金を使って動きまわれば、もうそれだけで大気は暑苦しくなり、地球は磨り減ってくる。

今回の文学フォーラムのひとつ「牛」の練習風景。

 炎暑の夏、中途半端な冬、汚れた海、荒れる森、涸れた地下水、かと思うと、そこにいたはずの魚や昆虫がいなくなり、いなかったはずの動物が増殖していたりもする。なんかこのごろ、世の中、変じゃないか、と誰もが感じている。

 この場合の世の中は、地球や自然をも含んだ空間のことである。最近とみに私たちは人の世=社会と地球や自然をひとつ視野のなかでとらえるようになった。誰が言い出したか、グローバリズムとは言い得て妙である。それまでのインターナショナルともコスモポリタンともちがう、地球主義。経済活動を広げれば、たちまち地球や自然環境の限界にぶつかってしまう現実が、ここにはいやおうなく刻印されている。

 今回の文学フォーラムと国際ペン東京大会2010の開会式で紹介されるのは、すべてがこうしたグローバリズム状況を濃厚に反映した作品である。文学フォーラムでは6作品、開会式には朗読劇が1つある(演目の概要は、日本ペンクラブのウェブサイトをご覧いただきたい)。

2008年2月、日本ペンクラブ主催で開催の世界P.E.Nフォーラム「災害と文化」のときのステージ写真。このときの朗読・音楽・映像の組み合わせステージが好評だったことから、今回の国際ペン東京大会2010の開催の引き金となり、また文化フォーラムのモデルとなった。

 作家たちは、ストレートには生物多様性の喪失や気候変動について語らない。環境破壊のことも、森林や河川や海洋の荒廃についても書いていない。しかし、それらをもたらす人間たちの際限のない欲望や、自然ばかりか人間自身をも痛めつける制度や因習や偏見については十分に語っている。その愚かさや滑稽さについても、たくさん書いている。

 だが、それは、これまでの近現代文学とどうちがうのか。むろん明らかに、ちがう。作家たちはこの21世紀、未開の地も、アウター・スペースも、ユートピアも、もはや私たちにはないのだということを強く意識している。問題だらけの〈いま〉〈ここ〉という環境でひしめき合って生きるしかないことを、はっきりと自覚している。

 私はこうした作品の内容と肌触りを多くの人たちに感じ取っていただきたいと考えて、6つの作品をステージ化することにした。

 分厚い本から脚本を作り、名だたる俳優やアナウンサー、それに講談師や活動写真弁士に朗読してもらう。脚本を読んだ気鋭の画家や彫刻家やビデオ・アーティストがストーリーに沿って映像を作り、世界各地の音楽に親しんできたミュージシャンが作品ごとに生で演奏する。早稲田大学大隈講堂のステージを広げ、講堂全体をひとつの物語空間にする試みである。

 作品を上演するたびに、作家本人に登場していただき、作品の背景やモチーフを話してもらう。海外からやってくる彼や彼女たちも、自分の作品テキストがステージ上で生の声になり、映像と音楽に彩られるのを初めて見ることになる。その驚きのなかで何が語られるか、私にも想像がつかない。

大隈講堂ステージにのせる大スクリーンの模擬テスト。朝倉摂さんのアトリエでの様子。

 企画制作を担当した私としては、作者にも観客にも、作品ひとつひとつをおおいに楽しんでいただきたいと思う。娯楽もまた、文学の大事な効用なのだから。

 とはいえ、はっきりしていることがひとつある。

 会場をあとにするとき、私たちが隣を歩いている男女を見るように、地面や秋空や流れる雲を、草木や昆虫や魚たちを眺めている自分に気づいたら、それは何かが変わり始める徴候である。私たちの未来は、私たち自身が変わり得るという可能性の先にしか開けてこない。

 文学が描くのは、その可能性、ささやかなその徴候である。

国際ペン東京大会入門

阿刀田 高(あとうだ・たかし)小説家、直木賞選考委員、日本ペンクラブ会長。 略歴はこちらから

 どうか皆さん、参加してください。それだけの価値がある多彩な催しです。1回だけのパフォーマンス、あとで「見たかったなあ」と嘆かれても、もう遅い。9月の末、早稲田大学が主な会場です。

 国際ペンは1921年に言論の自由を訴えて設立された文筆家の国際的な組織です。日本ペンクラブは1935年に島崎藤村らの肝いりで加盟し、75年の歴史を歩んでまいりました。現在102カ国(144のセンター)が参加し、毎年世界の各地で大会が催されております。日本では1957年に川端康成会長のもとで、また1984年に井上靖会長のもとで国際大会が開かれ、今秋が第三回目となります。

 特筆したいのは、日本への期待がとりわけ大きいことです。実際、日本ペンクラブは国際ペン大会の中で際立った活動を示してまいりました。国際ペン大会の中核はもちろんこの団体の運動方針を決定する代表者会議ですが、ここには一般参加は認められないし、正直なところミニミニ国際総会のような雰囲気で、重要ですが面白味はありません。せっかく文筆家が集まるのだから「文学フォーラムをにぎやかに!」というのが日本ペンクラブの年来の主張であり、この東京大会は、この点において(絶後であるかどうかはともかく)空前のにぎやかさです。

 テーマは「文学と環境、いま、何を書くか」。このテーマをめぐってたくさんの催しがひしめいています。テーマの設定は現下の世界の状況を考えれば、ほとんど自明でしょう。著しい環境破壊が地球上の到るところであらわになっています。その影響は真実恐ろしい。作家がそれに対してなにができるか。書くことがどう機能するのか。それを問いかけます。詳細は後述するとして、数々の朗読作品には、映像や音楽、その他をそえて、そのこころは“聴衆に楽しんでもらおう”です。小むつかしい講演だけの会合とは、まるでちがうものをお届けします。海外からのビッグ・ネームも登場します。地を這うようにして環境問題に取り組んでいるクリエーターもやって来ます。

 東京大会には、もう一つ、アジアが催す国際ペン大会であること、そこに注目すべきポイントがあります。国際ペンはヨーロッパに誕生した団体であるだけに、これまでは欧米中心の気配がいなめませんでした。しかし、言うまでもなく、それでは“国際”の2字が泣きます。この団体が目的とする言論の自由はもちろんのこと平和の実現、文化の交流、そして今回のテーマである環境問題など、すべてにおいてアジアは密接に関わっています。この秋、アジアからなにを発信するか、ヨーロッパ、アメリカ、アフリカに加えて環太平洋的な視点が絶対に必要です。東京大会はまさに、この重要なポイントにおいて大きな期待をかけられ、またその期待に応えうると自負している催しなのです。文化の面において日本がどれだけの存在感を世界に示しうるか、それもかかっている大会です。プログラムをご覧いただければ、この意気込みがけっして半端ではないとおわかりいただけるでしょう。あとは皆さんの参加をお願いするばかりです。

 文筆家の集まりなので、記念出版も考えました。日本ペンクラブの会員には2010年に出版する、それぞれの著述(本)に記念のロゴを付すよう願いました。書店の店頭で(目立つもの、目立たないもの、いろいろありますが)ご覧いただけるでしょう。いささか私的な報告に傾きますが、私は日本ペンクラブの代表を務める事情もあり、とりわけ頑張って書きおろし小説『闇彦』を新潮社より出版しました。英語訳もつけ、井上ひさしさんの群読劇『水の手紙』の英訳ともども日本ペンクラブ発行のブックレットを作り、海外からの参加者に配る予定です。なにしろ大会のテーマが“環境と文学”であり、私の小説は環境問題と関わりにくいところがなきにしもあらず、少し苦労しましたが、とにかく書き上げました。闇彦とは何か?皆さんはどなたも、山彦、海彦の神話をご存じでしょう。このあたりを基点にして人間の命に関わる物語を創ってみました。

 いくつかの展示会、詩人たちの朗読、海外からは80余国、200数十人の参加があるでしょう。それぞれが力をふりしぼって、それぞれのデモンストレーションを繰り広げます。

 本当に、本当に乞うご期待です。

阿刀田 高(あとうだ・たかし)/小説家

 昭和10年(1935)東京生まれ。小説家。早稲田大学文学部仏文科卒業後、一時国立国会図書館に勤務。その後軽妙なコラムニストとして活躍したが、昭和40年代の終わり頃から“奇妙な味”の短篇小説を書き始め、昭和54年『来訪者』で日本推理作家協会賞、短篇集「ナポレオン狂」で直木賞を受賞。

 丹念な作品づくりで知られる短編作家だが、『朱い旅』『怪談』など長編にも意欲を示し『獅子王アレクサンドロス』などヨーロッパ古代史を題材とした歴史小説にも筆をふるっている。『ギリシャ神話を知っていますか』など教養シリーズも読者に親しまれている。平成7年『新トロイア物語』で吉川英治文学賞、平成15年紫綬褒章、平成21年旭日中綬賞をそれぞれ受賞。直木賞選考委員、日本ペンクラブ会長。

国際ペン東京大会 2010プログラム

http://www.japanpen.or.jp/convention2010/cat86/post_220.html

吉岡 忍(よしおか・しのぶ)/作家、日本ペンクラブ常務理事、文学フォーラム企画制作幹事長

作家。日本ペンクラブ常務理事。国際ペン東京大会2010では「文学フォーラム」と「大会開会式」の企画制作幹事長として、総合プロデューサー役を務める。
1948年長野県生まれ。早稲田大学政治経済学部在学中から執筆活動を開始。教育、テクノロジー、事件の現場を歩く一方、欧米や中国、アジア各地に精力的に足を運び、取材活動を続ける。87年、日航機墜落事故を描いた『墜落の夏』(新潮社)で講談社ノンフィクション賞受賞。99年、日本ジャーナリストクラブ大賞を受賞。
また、放送界の第三者機関「BPO放送倫理検証委員会」の委員長代行のほか、日本民間放送連盟(民放連)等の番組コンクールの審査委員を務めている。

 主な著書は、ノンフィクションおよびエッセイ集では『「事件」を見にゆく』『日本人ごっこ』『M/世界の、憂鬱な先端』(以上文春文庫)、『新聞で見た町』『路上のおとぎ話』(以上朝日新聞社)、『散るアメリカ』(中公文庫)、『奇跡を起こした村のはなし』『ある漂流者のはなし』『ニッポンの心意気』(以上ちくまプリマー新書)などがあり、小説には『月のナイフ』(理論社)がある。