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白濱 めぐみ(しらはま・めぐみ) 略歴はこちらから

人を描く、心を描く
—日本近代文学者の肖像—

白濱 めぐみ/早稲田大学図書館資料管理課(特別資料室)

 作家志賀直哉の死後、バーナード・リーチが志賀の顔を描いている。その画を初めて目にした武者小路実篤は、老人に描き過ぎていると感じたというが、後に改めて眺め次のように述べる。

さすがに画家の目をもっていたと思う。志賀をやっぱりよく見ていたと思う。志賀はリーチより四つ齢上で志賀をそれだけに見ていた。さすがに僕が見たより、僕より二つとしをとって見ていた。

武者小路実篤「志賀直哉の顔」(『この道』1975[昭和50]・5)

 生前の志賀に向けていたリーチなりの眼差しを1枚の画から読みとったのである。人が人を描くとき、描画者と像主の間に流れるなんらかの意識、想いが表れ、またこうした相互の交流が画を生み出すことがあるのだと思う。

 絵画、彫刻、写真、映像、文章。人物の肖像を伝える手段はさまざまである。その媒体によって伝わり方が異なるし、また本稿で扱う絵画だけ取り出してみても、像主の要求や体調であったり、描画者の意識や技量、さらに時代によっても特色がみられるもので非常におもしろい。そのほんの一端ではあるけれども、当館に所蔵する近代日本の文学者たちを描いた肖像画資料を通して、その魅力、その楽しさを紹介したい。

素描という方法

図1:平福百穂画『森鴎外父子肖像』(文庫14−B28)

 肖像画というと素敵な額縁に入った油絵などを思い浮かべるかもしれない。しかし近代にはスケッチ風に文学者を描いた肖像画が多く存在する。当時の雑誌や新聞、書物などをみてみると、文学者の素顔や日常生活を写生した挿絵がしばしば使われていることがわかる。その中には、本稿に挙げる画家平福百穂(ひらふく・ひゃくすい、1877~1933)と中村不折(なかむら・ふせつ、1866~1943)の描いた挿絵もみられる(2人は挿絵画家としても有名)。親交のあった文学者をスケッチし、挿絵として差し出すこともあったのだろうし、そのまま手元においたり、誰かに贈ったりして、その一部が現在残っているのだとも考えられる。

 百穂の描いた森鴎外像(図1)は、鴎外の催した歌会での様子を写生したもので、娘茉莉が父親に寄り添うほほえましい一情景を捉えている。

 百穂は日々出会う事物に対する自己の直感を画に映し出すことを心がけていて、人物や風景と向き合って描くスケッチを好み、大切にしていたという。何気なく素描したような肖像画だが、画家が感じたまま自由に描いたものともいえ、像主だけでなく画家の素顔も表れているように思える。

写真と肖像画

図2:中村不折画『子規居士像』(文庫14−B5)

図3:柳瀬正夢画『二葉亭四迷肖像画』(イ04−2090)

図4:『二葉亭四迷肖像写真』(イ04−2090)

 「寿像(じゅぞう)」とは像主の生前に描かれた肖像のことで図1の鴎外像はこれにあたる。没後の肖像は「遺像」といい、画家の記憶や妄想、像主の親族の顔、写真などを頼りに描かれることがほとんどだ。不折の正岡子規像(図2)、柳瀬正夢(やなせ・まさむ、1900~1945)の二葉亭四迷像(図3)は遺像で、両資料とも有名な写真をもとに描かれたものと考えられる。

 子規の横顔写真を模写した肖像画は何点も存在するが(浅井忠、下村為山によるもの等)、それぞれ印象が異なるし、もとになった写真ともどこか違う。二葉亭像も写真(図4)とはやはりどこか違う。写真そのままの付け足し的な摸像ではなく、画家なりのちょっとしたアレンジ、画心が資料に興を添えていて、写真とは異なる肖像画独自の印象、味わいが見てとれる。

画家と文学者

図5:不折画『牛飼の左千夫万葉集を繙くの図』(文庫14−B50)

図6:百穂画『伊藤左千夫像』(ヌ06−9336)

 ここに挙げた2点の肖像画は、同じ人物を写生したもの。像主は伊藤左千夫である。

 前景に牛。後ろには軽装でなんともいえぬポーズのいがぐり頭左千夫。左手に万葉集。右手には鞭。左千夫の目線の先にあるのは万葉集か、はたまた牛か。不折の描いた左千夫像(図5)はユニークで楽しい絵だ。一方、百穂の左千夫像(図6)は、淡い筆使いで大づかみに人物を捉えているが、のびのびとしていて、またどっしりとした左千夫は存在感がある。讃は左千夫自筆のもので「牛飼の歌よむ時に世のなかのあらたしき歌おほひに起る」という歌が万葉仮名で記されている。

 伊藤左千夫(1864~1913)は上総国武射郡(現千葉県山武市)の農家に生まれた作家。容姿は巨漢、態度は真面目で純粋。正岡子規の流れをくむ根岸派の歌人で万葉を基調にした写生写実の方向を示し、雑誌『アララギ』の基礎を築いた。小説家でもあり、代表作は純愛小説と名高い『野菊の墓』。また牛飼い(牛乳搾取業)であることが有名、一日18時間に及ぶ労働であったという。自身を「牛飼」と称し、周りも「牛飼の左千夫」と呼ぶ。不折、百穂とは互いの趣味や仕事への意識を語り合える友人として親しく交際し、二人の才と人柄を深く愛した。

 図5の左千夫は顔をこと細かにリアルに写しているわけではなく、肖似性に乏しい。それでもなお左千夫の人となりを伝えていると思わせるのは、左千夫という人物を端的に表す牛と万葉集の描写によるものともいえる。先にあげた図6の讃は、左千夫が生涯を通じて謳った、職業生活と創作や趣味生活との統一、一人の人間として生活し牛飼として生きることにより創作が生まれるという考えが表れた代表歌である。この讃があることで、百穂の描いた左千夫像がより実像に近付くように感じる。

 ちなみにこの資料には左千夫の弟子であり百穂とも親交のあった斎藤茂吉(1882~1953)による箱書(図7)がある。「国こぞる中にいきながら此日ごろ二人のきみが頻りにこひし」。実は図6の肖像画は、茂吉の著した『伊藤左千夫』(中央公論社、1942[昭和17]・8)に図版掲載されていて、この本の出版のために肖像画を借り受けた際に箱書を手掛けたことがわかっている。『伊藤左千夫』は左千夫の生涯やあらゆる仕事について茂吉が論じ語った512頁に及ぶ労作である。昭和17年の「国こぞる中」で執筆に取り組みながら亡き師左千夫、百穂を想い書き記したのだろう。

 左千夫の外観だけでなく、その人となりや心が描き出された両肖像画は、像主左千夫が自身をとりまく人物と培ってきた友情や画家との相互の理解があって仕上がった、いわば深交の所産である。

肖像画の魅力

 肖像画はただ眺めているだけで楽しめる資料だ。けれどもそれだけではなく、例えば日記や書簡といったものとは違った切口から人の姿や心を教えてくれる。

 描画者と像主の関係や画の背景をみていくと、たった1点の資料が投げかけてくるメッセージの多さに気付く。ときに肖像画は現実よりも現実的に像主を映し出し、みる者を驚かせたり感動させたりするもの。それは画の中で、像主のみせるほんの一瞬のしぐさや、像主の生き様そのもの、交流関係、画家の信念、像主の人物像を汲み取る技量や想いといったあらゆるものが絡み合い、交差しているからではないだろうか。

 なお当館には、ここで紹介した資料のほか、百穂の『坪内逍遥肖像』(文庫14−A200)、『百穂人物スケッチ』(文庫14−B028)や鏑木清方画『尾崎紅葉等肖像』(文庫14−B104)など近代日本の文学者を描いた肖像画を所蔵しており、その多くは古典籍総合データベースに画像を公開している。またWEB展覧会「館蔵『肖像画』展」では、江戸・明治時代に描かれたさまざまな肖像画を画像、キャプション付きで紹介しているので、こちらもあわせてご清鑑いただければ幸いである。

・古典籍総合データベース
http://www.wul.waseda.ac.jp/kotenseki/index.html

・WEB展覧会より、第33回「館蔵「肖像画」展~忘れがたき風貌~」part1~3
http://www.wul.waseda.ac.jp/TENJI/virtual/index.html

白濱 めぐみ(しらはま・めぐみ)/早稲田大学図書館資料管理課(特別資料室)

図書館常勤嘱託。生まれも育ちも神奈川県。2007年早稲田大学第一文学部卒業、2009年同大学院文学研究科博士前期課程修了。専門は明治時代を中心とした日本近代文学研究。