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文化

〈薩摩治郎八関連資料受贈記念展示〉
「バロン・サツマが来たァ!」によせて

白濱 めぐみ/早稲田大学図書館資料管理課(特別資料室)

 〝バロン・サツマ〟とは、日本人ながら戦前のフランス社交界で華麗に活躍し、様々な国際文化事業に莫大な資金と熱意を注いだ人物・薩摩治郎八(1901−1976)の異名である。

 治郎八は、木綿商として一代で財を成した薩摩治兵衛の孫として生まれた。早くに渡欧、1923年頃よりパリに移り住み、その後何度か日本に戻ることもあったが、戦時中もパリに留まり、1951年に帰国した。この約30年にわたるフランス滞在中、ラヴェルや藤田嗣治といった現地で創作活動をする多くの文化人と交流、時には経済的な支援をし、今日も残るパリ国際大学都市日本館を創設する等、多くの偉業を成し遂げた。また作家として詩歌や小説、その豊かな経験を題材とした随筆等を著している。〝バロン・サツマ〟〝東洋のロックフェラー〟といった異名は、破天荒、また伝説といわれた彼の生き様に対する称号ともいえるだろう。

 このたび、彼の関連資料が、治郎八の令閨薩摩利子様より早稲田大学図書館に寄贈された。利子様は1956年に治郎八と結婚。治郎八が1959年脳卒中で倒れた後は、利子様の故郷である徳島で療養生活を共にし、回復後もこの地で穏やかに過ごされた。約20年の間、治郎八に寄り添い、支えられた方だ。

治郎八と利子

 資料の内容は、写真や著作、直筆原稿、書簡、遺愛の品等、多岐にわたる。近年治郎八に関する著作が刊行され改めてその生涯に注目が集まっているが、治郎八の真の人生、人となりを知り得るまたとない資料といえる。また第二次世界大戦前後の日欧交流の問題を考えるうえでもきわめて重要である。今後のさらなる多様な分野からの調査、研究にお役立ていただけるよう鋭意整理作業に努めているが、公開までには今少し時間を要する状態である。

 そこで今回の受贈を記念し開催しているのが、展覧会「バロン・サツマが来たァ!」である。

 本展では、過去の展覧会や刊行物の中で紹介された代表的な資料を中心に展示し、生家薩摩家に関する資料から没後の関連著作まで、彼の生涯を辿ることのできる構成とした。特に治郎八が終生誇りとした仕事である日本館創設に関わる資料をはじめとして、フランスのピアノ奏者であるアンリ・ジル=マルシェックスの日本招致演奏会や『修善寺物語』のパリ公演、プラハで行った講演等、治郎八の携わった国内外の文化事業を通観できるのがみどころだ。こうした活動の背景に、薩摩商店の財力もさることながら、両親の理解と支えがあったことはもちろんだが、それ以上に治郎八自身の行動力や幅広い交流から生まれた偉業であったこともおわかりいただけるだろう。展示室に彩りを添えているのは、薩摩千代(1907−1949)に関する資料である。伯爵山田英夫の長女で、1926年に治郎八と結婚、その後夫婦揃って渡仏しパリの社交界にデビュー、モデルとして数々のファッション誌を飾り、また画家としても活躍した。会場にはポーズをとった千代の美しい写真や絵画作品、書簡、遺句集等が並ぶ。また治郎八・千代夫妻の写真や、実際に使用していた「JS」「TS」のイニシャル入りの生活用品、専用箋等からは、滞欧時の洒落た生活ぶりが感じられる。

著作と遺愛の品

写真 左上より時計回りに「『修善寺物語』公演関係者」、「薩摩治郎八」、「薩摩千代」、「治郎八と千代(フランスの自宅にて)」、「日本館 外観」

治郎八の功績を讃える勲章の数々

 展覧会は5月24日まで。ぜひこの機会にバロン・サツマの刺激的な人生に触れてみてほしい。

〈薩摩治郎八関連資料受贈記念展示〉

バロン・サツマが来たァ!

会期:
2012年3月23日(金)~2012年5月24日(木)
会場:
早稲田大学総合学術情報センター2階展示室
時間:
10:00~18:00(日曜・祝日は閉室)
主催:
早稲田大学図書館

〈薩摩治郎八関連資料受贈記念展示〉バロン・サツマが来たァ! ポスター

白濱 めぐみ(しらはま・めぐみ)/早稲田大学図書館資料管理課(特別資料室)

図書館常勤嘱託。生まれも育ちも神奈川県。2007年早稲田大学第一文学部卒業、2009年同大学院文学研究科博士前期課程修了。専門は明治時代を中心とした日本近代文学研究。