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Finding Shakespeare展に寄せて

大木シエキエルチャック絢深/早稲田大学坪内博士記念演劇博物館助手

 英国・ロンドンにてワールド・シェイクスピア・フェスティバルが開かれている2012年、集結したアーティスト、研究者、教育者たちはそれぞれの国における独特のシェイクスピア受容について探っている。シェイクスピアズ・グローブではシェイクスピアの37の戯曲を37か国語で上演するという試みがなされ、テート・モダンで開かれたワールズ・トゥギャダー学会では、シェイクスピア受容の今後について、若者への教育も含めて幅広く話し合われた。大英博物館ではシェイクスピアと英国におけるシェイクスピア受容を紹介するStaging the World展が人気を集めている。

 シェイクスピア受容について活発な議論がされ、それぞれの国独特の受容について振りかえす絶好の年となった2012年、坪内博士記念演劇博物館では10月16日より12月16日までFinding Shakespeare展を開催する。本展示は、英国におけるシェイクスピア受容との比較の中から、日本が如何にシェイクスピアを受容してきたのか、また今後のシェイクスピア受容の可能性について探る。

 本展示は、日英、2つのセクションが対になるように構成されている。英国シェイクスピア受容に関するセクションにおいては、館蔵のファースト・フォリオ、セカンド・フォリオ、サード・フォリオ、フォース・フォリオのそれぞれのリーフを初公開する他、フォース・フォリオ、豆本、20世紀初頭に限定発売された『十二夜』とその版木、チャールズ・リケッツによる舞台美術のデザイン画なども展示する。

 日本シェイクスピア受容に関するセクションにおいては、坪内逍遙旧蔵のシェイクスピア関連資料をはじめ、シェイクスピア受容初期の翻訳・翻案関連資料、舞台照明家・遠山静雄による舞台美術、衣裳デザイン画や、舞台装置家・高田一郎による舞台美術デザイン画と模型などを展示する。このうち、坪内逍遙資料は、本邦初シェイクスピア全作品を翻訳するという大事業に向けて使われたメモ、書き込み本などを含む。

 これらの展示品の中から、今回は舞台装置、衣裳デザイン関係の資料を紹介する。英国シェイクスピア受容セクションより、チャールズ・リケッツによる舞台装置図原画、日本シェイクスピア受容セクションより遠山静雄による舞台装置・衣裳デザイン画について説明する。

チャールズ・リケッツによる舞台装置図原画 (『リア王』)

リケッツ筆『リヤ王』舞台装置図原画 (王宮)

 チャールズ・リケッツ(1866−1931)は1866年、英国海軍に勤める父と、フランス系イタリア人の母との間に生まれた。出生地はジェノバ。装幀家、画家、様々な芸術分野において仕事をしていた芸術家である。19世紀後半から1930年頃のイギリスを中心とした挿絵の黄金期に特に挿絵画家、装幀家として活躍していた。(展示で紹介しているアーサー・ラッカムなども、この頃に活発に活動していた挿絵画家である。)しばらくの間、リケッツは友人である演劇人たちのために趣味としてデザインを提供していた。

 1909年にハーバート・トレンチがヘイマーケットのマネージメントを担うこととなり、9月8日にリケッツのデザインで溢れた就任記念の公演が開かれることになった。このための演目として選ばれたのがシェイクスピアの『リア王』。リア役は、ステージ・ディレクターであったノーマン・ミッキネルが兼任した。

 このデザインの中で、リアの王宮は再建されたストーンヘンジのようである。塔のような四角い石のアーチによって形作られた円の構造を持つ空間で、薄暗い明りの中に浮かび上がる荘厳な雰囲気は、時を超え得る儀礼性を感じさせる。グロスター伯の屋敷の前では、王宮よりも狭く、高いイメージが提示される。石の壁が、娘たちによりかけられたリアへの圧力を強調し、原野へ抜ける低い門のみがリアの通れる道であるようである。

 これまで、1909年に上演された『リア王』関連のデザイン画は、英国のヴィクトリア&アルバート・ミュージアム、オーストラリアのナショナル・ギャラリーに所蔵されているもの以外あまり知られていなかった。この度、調査の結果、坪内士行が旧蔵していた品が確かに1909年版『リア王』のために描かれた原画だと確認された。

遠山静雄によるデザイン画 (『間違いつづき』)

 遠山静雄(1895−1986)は、1920年より本格的に舞台照明に関わるようになる。欧米諸国で舞台美術を研究してまわった田中良を中心とした、舞台美術について考えるトンボヤの会に土方与志、伊藤憙朔らと共に参加。舞台照明に関する勉強の他、劇作家や演出家、劇場建築についてまで徹底的に独学する。1922年より市村座。以降、新劇、新歌舞伎、新舞踊など、様々な分野の舞台照明を担当。1929年遠山照明研究所(TIL)を創設。1936年東宝に入社、舞台課長、文芸部長をへて帝劇支配人となる。戦後は日大芸術学部講師、舞台照明家協会初代理事長を経て相談役、日本演劇協会顧問などを歴任した。

 坪内逍遙の訳した台本を使い、近代劇場が 1951年1月8日に大隈講堂で『間違いの喜劇』の上演を行った。同月、上演のためのデザインを手がけた遠山は「沙翁劇は、もともと舞台装置をしないで上演された劇であるから、どのようにでも工夫し得る余地が大きい。それだけに興味もあり、装置家にとってはまさに宝庫の観がある。」と永年シェイクスピア作品の装置制作に興味を持っていたと語っている。

『間違いつづき』舞台装置図

近代劇場資料 『間違いつづき』 舞台装置図 2

近代劇場資料 『間違いつづき』 衣裳デザイン画

 以上、Finding Shakespeare展にて紹介している展示物より、上演のために描かれたデザインの一部を挙げた。他にも貴重な資料を多数展示している。この度、英国と日本のシェイクスピア受容に関する展示を開催するにあたっては、グレートブリテン・ササカワ財団よりご協賛、ブリティッシュ・カウンシルよりご後援いただいた。また、ロンドンのシェイクスピアズ・グローブ、ストラットフォード・アポン・エイボンのシェイクスピア・センターなどより多大なご協力を賜った。ご協力いただいた全ての団体、個人にあらためて深く感謝申しあげたい。

演劇講座 Finding Shakespeare

 この展示に伴い、シェイクスピア受容に関する演劇講座も開催予定である。実演、レクチャー、ワークショップを通して、シェイクスピア受容について体感することを目的としている。予定している詳細は以下の通り。

日時:
2012年10月19日 19時より
会場:
早稲田大学小野記念講堂
Maturing Shakespeare(実演)
 
 
出演者:美舟ノア、林田航平
 
シェイクスピアの書いたテクストの変遷を体感するセッション。シェイクスピア劇のテクストが、17世紀に出版された四折本、二折本からヴィクトリア朝を通じてどのように改編され、日本に渡って翻訳されたのかを辿る。シェイクスピア受容やテクストの変遷を映像で紹介しながら、特に三幕二場の劇中劇直前にあるハムレットとオフィーリアのやり取りに注目。これまで上演されたことのない坪内逍遙以前のテクスト、逍遙のテクスト、昭和に訳されたテクスト、現代のテクストなどを用いて同じ場面を比較する。現代版では、劇中劇の始まるところまでを全て演じ、「この世はすべて舞台」という思想を観客席との関係性の中から表して締め括り、次のセッションへと続く。
休憩
 
Womanising Shakespeare(レクチャー)
 
 
講演者:中屋敷法仁
 
柿喰う客主宰中屋敷法仁氏による講演。2011年より始まった「女体 シェイクスピア」シリーズを中心に、シェイクスピアが書いたテクストを日本語に置き換えてどのように扱っていくのかという問題について議論する。
Visualising Shakespeare(ワークショップ)
 
 
講演者:トム・ドゥ・フレストン & キーラン・ミルウッド・ハーグレイヴ
 
英国人画家トム・ドゥ・フレストン氏による講演。テクストを用いずにシェイクスピアの劇世界を表現することについて語る。また、氏の作品に新たなテクストを与えることでひとつの作品をして完成してさせていく英国人作家キーラン・ミルワード・ハーグレイブ氏にもシェイクスピアのテクストの意味合いについて聞く。
 
1)トムとキーラン作品「Endgame」について中心的に話を聞く。
『リア王』の中にベケット的な荒涼感を見出すのは、ピーター・ブルックにも影響を与えたポーランドのシェイクスピア学者、ヤン・コットの流れを汲んだ解釈である。
2)観客に参加をしていただく。
紙と筆記用具を用意していただく(講座開始前に配布予定)。その後で、スクリーンを使ってトムの「MSND」を見せ、そこから思いつく「ことば」を書き留めてもらう。実際に、トムの作品を解釈し、それに反応して返答としてひとつの作品を提示するということを体感していただく。

大木シエキエルチャック絢深(おおきしえきえるちゃっくあやみ)/早稲田大学坪内博士記念演劇博物館助手

ロンドン大学ユニヴァーシティー・コレッジ大学院英語英文学専攻修士課程、聖心女子大学大学院文学研究科人文学専攻博士後期課程修了後、2011年4月より現職。