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多和田葉子&高瀬アキ パフォーマンスとワークショップについて

松永 美穂/早稲田大学文学学術院教授

 昨年11月15日・16日、小野講堂で多和田葉子&高瀬アキによるパフォーマンス「虫の知らせ」とワークショップ「言葉と音楽 Vol.3」が行われた。ベルリン在住のこの2人によるイベントは、今年でもう3年目になる。

 多和田葉子は旧知の通り、1993年の芥川賞をはじめ、谷崎潤一郎賞・伊藤整文学賞・泉鏡花文学賞・紫式部文学賞・野間文芸賞・Bunkamuraドゥマゴ文学賞など国内の主要な文学賞の多くを受賞し、第二回早稲田大学坪内逍遙大賞も受賞している国際的な作家である。1982年に早稲田文学第一文学部ロシア文学科を卒業後、すでに30年にわたってドイツで生活しており、作家デビューも日本よりドイツが先という、珍しい経歴の持ち主でもある。日本語とドイツ語による創作を続けており、両言語での著書がそれぞれ20冊を超える。執筆のジャンルも多岐にわたっており、詩や小説はもとより、戯曲・エッセイ・学術書など、さまざまな分野で発信を続けているのが印象的だ。ドイツではハンブルク市の文学奨励賞のほか、シャミッソー文学賞やゲーテメダルを受賞しており、外国人でありながらドイツアカデミーの会員にも推挙された。また、ヨーロッパやアメリカ各地で大学の客員教員やライター・イン・レジデンスとして招待されており、最近では多和田の文学を巡る大きなシンポジウムがあちらこちらの大学で開かれ、その成果が何冊もの本となってまとめられてもいる。(たとえば昨年ドイツで出版された“Fremde Wasser”など。)日本の一般読者が想像する以上に、文学的にも学問的にも世界の注目を集める作家なのだが、それはまず第一に、多和田が非母語であるドイツ語で母語の日本語と同じように創作を続け、「エクソフォニー」(母語の外で生活したり執筆したりすること)を実践する作家であり、移動が常態となった グローバル化された世界の言語状況をある意味体現しながら、言語と文学の可能性を意識的に探っていくパイオニア的な作家であるからにほかならない。アメリカ、イギリス、フランスなどを見てみると、非英語圏、非フランス語圏から移住して作家になった人の数は枚挙にいとまがない。ドイツ語圏でも外国出身の作家はもはや珍しくなく、専業兼業含めて300人以上いるといわれている。そうした移住の背景には往々にして政治的迫害や経済的困難などの事情がつきまとうが、多和田は大学卒業後、自らの意志で移住を決断したという点でも異色の存在である(ドイツ国籍を取る資格もすでに充分備えているのだが、国籍はあえて日本のままにしている)。

 一方のジャズピアニスト高瀬アキも、若いときから海外で活躍する道を選んだ。桐朋学園音楽大学ピアノ科卒業後、1971年からプロとして活動開始。70年代は日本だけでなくアメリカで、80年代以降はヨーロッパで、ソロコンサートやバンド演奏を行っている。ベルリンのハンス・アイスラー音楽大学で教鞭をとり、数々のレコーディングを行い、ドイツ批評家賞を8回も受賞している。

 多和田と高瀬は2000年頃から一緒に朗読コンサートを行うようになり、日本では毎年、両国のシアターXでパフォーマンスを行ってきた。また、各地の大学で単発のワークショップも行ってきたが、多和田の母校であり学生の文学活動が盛んな早稲田大学で、定期的かつ継続的にワークショップが行われるようになったというのは画期的なことである。

多和田・高瀬パフォーマンス「虫の知らせ」

観客との質疑応答

 前述のように多くの文学賞を受賞している多和田の作品は、書籍の形で手にすることができる。高瀬アキの演奏も、CDを通して聴くことはもちろん可能だろう。だがこの2人が一堂に会するパフォーマンスでは毎回、興味深い(しかも1回限りの!)化学変化が起こる。創作者というだけではなくそれぞれのパフォーマーとしての特性がみごとに前面に現れてくる。日本の作家が自作朗読を行う機会はまだ少なく、まして異分野の芸術家とのセッションなどはごく稀にしか行われていないが、ドイツでは作家の朗読会は頻繁にあり、大都市では毎日のようにどこかの文学館や大学、図書館、書店、カフェなどで朗読のイベントがある。自作朗読は作家が新作を出した場合のプロデュースの一環としても盛んに行われており、本と同時に朗読CDを出す作家も多い。たとえばノーベル文学賞受賞者のギュンター・グラスも積極的に朗読する作家であり、筆者はこれまでハンブルクやライプツィヒ、さらにパリでもグラスの朗読を聴いたことがある(そのうちハンブルクのタリア劇場で行われた1992年初頭の朗読会はパーカッショニストとのコラボレーションで、テレビでも放映された)。多和田&高瀬のパフォーマンスは、文学を「見る・聴く」ものとして提示する点でも刺激的といえる。

 2人のパフォーマンスとワークショップは一昨年から小野講堂で行われるようになったが、特に学生参加のワークショップ「言葉と音楽」を振り返ってみたい。2011年のワークショップでは2人が朗読パフォーマンスで頻繁に行っている言葉遊び・リズム遊びの紹介が行われ、「かける」(「かける」という動詞を駆使したユーモラスなテクストを2組に分かれて読む=まさに「かけ」合わせる)、「魚説教」(狂言にヒントを得た、魚の名前を列挙した作品)、「だだだ・なり」(断定的な文の末尾を連ね、ダダイズムとかけ合わせた作品)などの朗読に学生が挑戦した。単にきれいに読むというのではなく、通常の日本語のリズムが体のなかでずれていく奇妙な感じを味わうことが目的で、なかなか自分の殻を破れず戸惑った学生もいたようだが、ほとんどの学生にとってこうした朗読は生まれて初めての体験であり、声や身体について考えるきっかけになったと思われる。さらに、文化構想学部文芸・ジャーナリズム論系の学生を中心に、多和田葉子の初期の詩「月の逃走」をあらかじめ英語・デンマーク語・イタリア語・中国語・韓国語に訳してもらい、2言語で同時に読んだり、会場を移動しながらすべての言語をずらしつつ朗読するなどの試みを行った。多和田葉子の詩集を読んだことがきっかけで詩を書き始めた3年生の朱位昌併による自作朗読(「月の逃走」への応答として書かれた、記号的実験を含む詩)も行われ、ワークショップのクライマックスとなった。

 2012年のワークショップでは、前日のパフォーマンス「虫の知らせ」で多和田&高瀬が朗読した「おさつ」「めいわく」の詩を、あらかじめ参加を名乗り出てくれた学生・留学生たちに自らのアイデアで朗読してもらい、高瀬が即興で音楽をつけた。単に多和田の朗読を真似するのではなく、自分たちで読みこなしたうえでの朗読には聴衆の意表を突くものや笑いを誘うものもあり、朗読者の個性が浮き彫りになっていた。さらに、文化構想学部や文学部の学生・助手による詩の自作朗読も行われた。今回は「虫」という共通テーマが課題として与えられており、朗読しながら自らが虫として変態していくというユニークなパフォーマンスも見られた。

 アンケートを見ると、パフォーマンスとワークショップにはリピーターも多く訪れている。また、これだけレベルの高いパフォーマンスを学外者にも公開している早稲田大学への感謝の声も記されていた。このイベントは2013年度も行われることが決まっており、今後のさらなる進化・発展が楽しみである。

松永 美穂(まつなが・みほ)/早稲田大学文学学術院教授

東京大学大学院人文科学研究科博士課程満期退学、1998年より早稲田大学教員。ベルンハルト・シュリンク『朗読者』(新潮社)の翻訳により2000年に毎日出版文化賞特別賞受賞。ヘルマン・ヘッセ『車輪の下で』(光文社)、セース・ノーテボーム『木犀! 日本紀行』(論創社)など訳書多数。