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浅井 京子(あさい・きょうこ) 略歴はこちらから

「近世の禅画」展 —富岡コレクションより—

浅井 京子/會津八一記念博物館特任教授

 五月の連休明けから富岡重憲コレクション展示室では「近世の禅画」と題して展覧会を行います。富岡重憲が蒐集し旧富岡美術館に収蔵された作品の約三分の一、300件ほどが近世の禅書画と称する主に江戸時代に活躍した禅僧の書画です。江戸時代に活躍した禅僧が描いた絵画を「禅画」(註)といっています。白隠や仙厓が描いたものが代表的ですが、今回は白隠の系譜に属する禅師たちや仙厓、誠拙に加えて、曹洞宗の風外本高の描いたものなどを紹介します。いわゆる禅画は禅師の悟りの表象として、嗣法の証明として、あるいは人々が己を律するための糧として描かれます。こうした意図を持ちながらも時には、描くことを楽しんで描かれたとみえる禅画もあるように思います。

「蛤蜊観音図」

 まず、白隠慧鶴(1685~1768)の「蛤蜊観音図」です。蛤から湧出した観音が、龍王をはじめ魚や貝にみたてた人々に説法をしています。蛤蜊観音は『法華経』普門品に由来する三十三観音の一つで、蛤をことのほか好んだ文宗帝が、ある時蛤から出現した観音の説法により一大因縁を悟ったという「唐文宗帝大和五現」の話によって描かれたとされます。白隠は江戸時代に流行した変化観音を儀軌にとらわれない図様で表わし、観音の大慈悲をみごとに視覚化しています。多くの蛤蜊観音図が蛤と観音のみを描くのに対し、白隠は海の生物たちを頭に載せた聴衆を描きこんでいます。白隠が生涯本拠地とした沼津原の松蔭寺は海が近く、白隠の説法を聞きに来た人々も海に関わる人たちが多かったと想像されます。このように聴衆が取囲む蛤蜊観音の図様は白隠の創作かもしれません。本図と同様の図様の作品が松蔭寺と永青文庫に所蔵されています。賛文の書体や筆致、観音の姿から松蔭寺本は60代、永青文庫本は80代に描かれ、本図は70代半ばに描かれたであろうと推測されます。なお賛文の「慈眼視衆生 福壽海無量」は『法華経』普門品の観音を讃える偈頌の一部を抜書きしています。経典では「福聚海」とありますが、白隠は「聚」に音通する「壽」を当てています。別のところで「壽」に「いのちながし」と振り仮名をつけ、長寿を希求する言葉としてさまざまな場面でこの「壽」字を使っています。寿老人図の賛文、さまざまな書体で壽字を書いた「百壽」図、「壽」字を大きく書いたものなどです。

「渡宋天神図」

 「渡宋天神図」は天神さまが一夜、夢で無準禅師に参じ印可証明を得て一枝の梅を持ち帰ったとの話によります。「南無天満大自在天神」の文字で描かれています。白隠の弟子東嶺圓慈(1721~1792)の「主人公図」は「主人公」の3字で仏性を表わす坐る人物を描いています。「へのへのもへじ」と唱えて顔を描いたようなこの手法を文字絵といい、このほかにも白隠の柿本人麻呂の和歌で描く「人丸図」、これは「ひとまる」から「火止まる」といい火事よけに使われました。そして東嶺の「神儒仏三法擁護誓神図」などいくつかあります。こうしてみていくと白隠のいくつかの横向きの「鐘馗図」の体部分も何か字が隠されているのではないかと思っています。残念ながらまだ解読できていません。

 「のゝ袋図」には布の袋と拄杖と団扇が描かれていて、人物は描かれていませんが持ち物で布袋を表わしています。水瓶で観音を、笠と槌で大黒天、鳥居と梅で天神を表現するなど白隠が好んで描いた留守文様の一種です。賛文は「ねたうちは 神か佛か のゝ袋」とあり、60代後半から70代前半に描かれたと推測しています。

「達磨図」

 一方、仙厓義梵(1750~1837)の描く禅画は白隠のものと異なる当意即妙ともいえるユーモアと暖かさがあります。今回はまず天保5年(1834)、仙厓85歳の「達磨図」です。一見、粗略にさえみえる草体で描かれた半身の達磨で、賛文には「渡乎一葦 帰乎隻履 東西十萬里 雖遐甚邇 あともなく香もなく 文字もなき道ハ 隻しの履に 葦の葉ノ舟 天保甲午十月 前扶桑最初禅窟梵仙厓拝筆」とあります。

 「布袋図」は団扇を手にした布袋が、トレードマークの袋をクッションにしてひっくり返って伸びをしているような図です。白隠の布袋図では白隠の分身ともいえる布袋が坐禅を組んだり、すたすた坊主になったり、皿回し、春駒、子どもを連れていたりとさまざまなことをしていますが、仙厓はほとんどがこの伸びをしている布袋です。賛文は「釋迦已帰雙林 弥勒未出内宮 甚矣吾衰也 不復夢見周公」と書かれています。

 「ひばり図」は麦の穂と雲雀が描かれています。多分雲雀に教訓を托しているのでしょうが、展覧会期間の季節、のびやかな春の象徴として撰んでみました。賛文に「飛のひて やかましふなく ひはり哉」とあります。もうひとつ仙厓の植物画を、「竹図」です。墨竹は蘭などとともに墨画の定番ですが、風にまかせ、雪にも沿いながら耐えといった竹の融通無碍さを一つの生き方としてもとらえられるためか、仙厓はさまざまに竹図を描いています。当館の所蔵品も大きな幅ではありませんが佳品です。賛文に「無法齋」とあります。

「関羽将軍図」

 今回の展覧会では白隠と仙厓の禅画を中心にこのほか、白隠の二大俊足といわれる遂翁元盧(1717~1789)と東嶺圓慈、遂翁の弟子の春叢紹珠(1751~?)、白隠の弟子滄海の弟子にあたる弘巌玄猊(1747~1821)、白隠の孫弟子卓洲胡僊の弟子の蘇山玄喬(1799~1868)、蘇山のもう一世代下の雪潭紹璞(1801~1873)。仙厓と兄弟弟子の誠拙周樗(1746~1820)、曹洞宗の風外本高(1779~1847)などを紹介します。

 誠拙は鎌倉円覚寺を復興した僧ですが、誠拙の「寒山拾得図」と遂翁の「寒山拾得図」を比較しながらみてください。また図様の違う「大燈国師図」を蘇山と雪潭が描いています。春叢の「関羽図」は威風堂々とした彩色画です。池大雅を敬愛したと伝えられる風外本高の「山水図」も大雅の余風を感じる作品です。白隠から雪潭までそれぞれの禅師の画をゆっくり観ていただければ幸いです。ご来室をお待ちいたしています。

※文中の太字作品は展示作品。
註)「白隠」(筑摩書房 1964年発行)の大著で知られる竹内尚次は「禅画」という言葉は用いるべきではないとして、「禅林墨蹟」といった。しかし、近年では江戸時代のという限定付で禅僧の画を「禅画」と称するようになっている。

「近世の禅画」

5月7日(火)~6月29日(土) 於:富岡重憲コレクション展示室

※現在、會津八一記念博物館富岡重憲コレクション展示室では、「動物たち」展を開催しております。工芸や絵画に表現された龍・馬・犬たちが大集合という、楽しい展覧会です。
どうぞ、皆さま、気軽にご覧下さい。

浅井 京子(あさい・きょうこ)/早稲田大学會津八一記念博物館特任教授

元富岡美術館学芸課長。2004年4月早稲田大学に着任、現在會津八一記念博物館特任教授。