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文化

「アジア演劇仮面展—館蔵コレクション」に寄せて

石井 理/坪内博士記念演劇博物館助手

 坪内博士記念演劇博物館では、6月7日(金)から8月4日(日)まで、「アジア演劇仮面展—館蔵コレクション」を開催します。アジアで最初の演劇博物館として設立された当館には、中国・韓国・インド・インドネシアなど各地の仮面が多数所蔵されており、その中には実際に使用されたものも多く含まれています。アジア各地に見られる仮面芸能は、それぞれが固有の文化に基因する要素を持っている一方で、その全体的な広がりは壮大な交流のもとに形成されてきたと考えられています。また、人々の信仰と切り離すことのできない仮面芸能は、アジア文化の本質を解き明かす一つの鍵となるものとして注目され、様々な研究者によりその解明が試みられています。ここでは当館に所蔵されているアジア仮面を少しずつご紹介致します。ぜひ当館へお越し頂き、アジアの鬼神の迫力を、実物の仮面を通して感じて頂ければ幸いです。

中国

写真1:(中国)四川省端公戯仮面

 中国では1940年代まで、年中行事・農業関連行事・神仏の祭日・冠婚葬祭・病気など公私両面の様々な機会において、神を招き、除災・招福を行うことが普遍的にみられました。四川省でも「跳神」「跳端公」と呼ばれる宗教儀式があり、巫教や道教の混淆した民間信仰の宗教的職能者である「端公」がこれを司りました。当館に所蔵されている「中国四川省端公戯の仮面・糸繰り人形一式」という一連の資料群は、四川省端公戯の全貌を伝える資料としては、今や国内外でもほとんど唯一無二のコレクションです。

 杜家端公班の端公戯は「天上三十二戯・地下三十二戯」とも呼ばれ、天上の神々を糸繰り人形で表し、地上に降臨した神々を仮面で表す点が特徴的です。32という数字は、端公戯が庶民の32の願いを叶えるために行われたことに由来すると言われています。端公戯およびそれに用いられた人形・仮面は、新中国成立後の宗教否定や文化大革命によって破壊されてしまいました。しかし、幸いにも四川省最後の端公とされる杜南楼氏が、わずか1セットだけ作成していた杜家端公班で使用していたままの仮面・人形を1996年に当館に収蔵することになったという珍しいものです。

写真2:(中国)貴州省地戯仮面

 また、明代の軍属がそのまま定住したという貴州省安順地区には「地戯」と呼ばれる仮面劇があり、毎年旧正月と夏の収穫の時期に村を挙げて行われます。祭祀性は薄く、豊富な立ち回りを織り交ぜつつ長編の軍記物が演じられるため、「軍儺」とも呼ばれています。特定の演目、役柄が長子相伝により伝えられてきました。当館では一九九九年に大隈庭園にて、貴州省安順市龍宮鎮蔡官村地戯団をお招きして「三英戦呂布」(『三国志』)・「三擒三放」(『説唐故事』)を実演して頂きました。その時の様子は展示室内でもご紹介いたします。また、6号館AV視聴コーナーでは会期中に限らずいつでも映像をご覧頂けますので、そちらにも足を伸ばして頂ければ幸いです。

韓国

写真3:(韓国)水営野遊仮面

 また、当館には山台ノリ系統・別山台ノリ系統・海西タルチュム系統・水営野遊など百余点にもおよぶ韓国仮面が収蔵されています。その大部分が1930年代に制作されたもので、これらを用いて公演を行うことも可能なくらい完備されています。そもそも一般的には、この種の仮面は儀式の過程において一カ所に集められて焼却されてしまい、実際に使われた仮面が伝えられることは韓国国内でも極めて稀であるため、一揃えの形で保存されている本資料はとても貴重なものであるといえます。

 韓国国立文化財研究所が1992年から進めている国外所在の韓国文化財についての調査報告によれば、これらは現場で実際に使用されたものと推定され、かなり古いものであるにもかかわらず、保存状態は概ね良好であったということです。また、これらの仮面は紙で顔の外枠を作っており、鼻の部分は木やその他の材質を切り貼りして凸凹をつけるなど、素朴な仕上がりとなっています。この「素朴さ」も、一回きりで燃やしてしまうという性質によるものと考えられています。

インド

写真4:(インド)プルリア・チョウ仮面

 

 インド西ベンガル州プルリア地方で演じられるプルリア・チョウは、物語やテーマを言葉で語るのでなく、踊りの動作を通じて描き出すのが特徴的で、劇的な戦闘を中心に展開します。たとえば、プルリア・チョウの演目の中に、広くヒンドゥー世界で親しまれている女神の一人であるドゥルガ女神がライオンに跨り、水牛の姿をした魔神モヒシャースラをシヴァ神の鉾で一突きにするという筋書きがあります。

 プルリア・チョウは酷暑の四月におこなわれるチャイトラ・パルヴァ祭のときに演じられるため、雨乞いや豊饒の予祝儀礼とも密接に関連していると考えられており、「チョウ」という名も悪霊を祓う叫び声に由来するという説があります。また、その活気にあふれた力強い動きは、チョウが昔の伝統的な戦闘舞踊から生まれたことを裏付けるものであると考えられています。本企画展示では、ユニークなリズム感で陶酔させられるような打楽器の音楽に鼓舞されるチョウを、映像資料とともにお楽しみ頂きます。

展示案内

「アジア演劇仮面展—館蔵コレクション」
会期:6月7日(金)~8月4日(日)
会場:早稲田大学大学坪内博士記念演劇博物館 企画展示室Ⅰ

 本展示は、アジアの仮面芸能に触れた事の無い方に対しても分かりやすい展示を目指しています。豊富な館蔵資料を空間の許す限り一挙にお披露目するとともに、鬼神や人物の相関図などを用いて、各地の伝統仮面劇について解説します。

写真5:展示パネル例

石井 理(いしい・さとる)/早稲田大学坪内博士記念演劇博物館助手

早稲田大学大学院文学研究科中国語中国文学専攻修士課程修了、早稲田大学大学院文学研究科中国語中国文学コース博士後期課程在籍中、2012年4月より現職。専門は中国近代初期における古琴文化についての研究。