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村瀬 英彦(むらせ・ひでひこ) 略歴はこちらから

早稲田学生演劇と岐阜県美濃加茂市

村瀬 英彦/美濃加茂市民ミュージアム学芸員

早稲田大学と美濃加茂市の文化交流協定締結

 岐阜県美濃加茂市は早稲田大学で教鞭を取った坪内逍遙、津田左右吉の出身地として両者について広く顕彰活動を続けています。この活動を発展させるため、2007年に早稲田大学と美濃加茂市の間に文化交流協定を締結し、この協定をきっかけに様々な文化行事を行ってまいりました。その第一弾が早稲田大学生による学生演劇で、2008年から始まり今年で6回目を迎えます。その他、展示事業として「逍遙と早稲田文学展」(2009)、「没後50年津田左右吉展」(2011)、「岡本一平展−世態人情を描く−」(2013)などを共催で展覧しました。早稲田・美濃加茂会場で巡回展を行い、多くの方に観覧していただく機会を得ました。

2007年 美濃加茂市・早稲田大学
文化交流協定締結式

 また、坪内逍遙大賞でも協力関係を深めてまいりました。美濃加茂市が1994年に市制40周年記念事業として制定した坪内逍遙大賞は第1回を六世中村歌右衛門丈に授与しました。その後10回の節目を迎えいったん休止したのち、2006年の第11回目からは隔年で開催することになりました。早稲田大学では、2007年に創立125周年記念と合わせて「早稲田大学坪内逍遙大賞」を創設し、第1回は大賞を村上春樹氏、奨励賞は川上未映子氏に授与しました。これ以降両者で隔年開催することとなったのです。逍遙の文芸の懐は深いため、それぞれの特徴を持って選考をしております。美濃加茂は演劇人を中心に、早稲田大学は文芸全般に貢献した人を選考して授与されています。その他、人的な交流として、早稲田大学の教授陣が美濃加茂で講演を行ったり、美濃加茂の朗読サークルが早稲田大学で発表を行ったりする交流が行われてきました。

学生演劇の上演

 文化交流協定を進めるにあたって、どのようなことで交流が深まるか議論されました。展覧会の巡回展、逍遙大賞の隔年開催などの案は順調に進みました。その中で、学生による演劇の案があり、さらに野外で演劇をする発想が生まれました。早稲田大学の学生劇団がみのかも文化の森/美濃加茂市民ミュージアムで合宿をして野外劇を上演する。これはとても、面白く、魅力のあるアイディアでした。

文芸協会演劇養成所第一期生

 美濃加茂と学生演劇の関わりは1999年に第14回国民文化祭が岐阜県で開催されたおり、高校生による演劇祭を開催したことによります。これは若い人達を演劇人に育てた坪内逍遙の意志を継いだものでした。明治・大正時代に逍遙が文芸協会を主宰し、演劇未経験の早稲田大学の学生や一般の若者から俳優を公募して演劇改良を試みたことにちなみます。逍遙が主宰する文芸協会はその後の演劇界で活躍する演劇人を育て上げました。

 美濃加茂市は国民文化祭での経験から、学生による演劇を市民に見てもらいたいと考えていました。今回の文化交流協定でそれが実現できる。当初の担当者は演劇の素人で、それほど難しいものではないと簡単に考えていました。しかし、実際に企画してみると、野外公演には舞台、照明・音響機材、客席、天井、電源など劇場にあるもの全てがありません。あるのは美濃加茂の市民に学生の生の演劇を見せてあげたいという思いだけでした。到底劇場のセットと呼べるものはなく、全てが手作りでした。

 舞台上で空間を広く見せたり、奥行きのあるものにしたりする演出は研究されています。しかし、ここでは仕切られていない広い空間をどのように見せるか、また、観客との距離感はどうするのか、照明の光量がなくどれだけ表現することができるのか、全てが手探りの状態で出発しました。

難題と戦う若き演劇人

 舞台の上での演出であれば、晴れ、雨、曇り、雪、どんな場面の天候も設定できます。しかし、美濃加茂公演は野外です。どんなに天に祈っても雨を晴れにすることはできません。これまでも全てが恵まれた天候の中での舞台ではありませんでした。また、野外のため、暑さや蚊・ムカデなどの害虫との戦いもあります。

 2009年の「『山月記』とそのアフタートーク」では大雨が降り、屋外での上演は中止せざるを得ませんでした。本来の演出では外を駆け巡る虎の姿を見せたかったのですが、屋内での上演となってしまいました。しかし、虎の役者は大雨が降る野外を駆け巡り、中と外をうまく利用して迫力ある演出をしました。逆境を利用して新しいものを作り上げた瞬間でした。

2012年 「羂索水系(けんじゃくすいけい)」上演風景

 次に照明機材ですが、文化の森ではその数量を制限されています。電源の上限が5kwまでしか使用できないからです。1灯500wだと10灯までしか照明を使用することができません。全開にするとブレーカーが落ちてしまう恐れもあります。その危険との隣り合わせの中で照明スタッフの学生達は活動しています。また、1週間滞在する中で、せっかく合わせた照明の位置も毎晩照明機材を撤収しなくてはなりません。野外のため、いつ降るかわからない雨に備え、機材を守るためです。このため、本番で照明を的確に照らすことがとても難しくなります。ほぼ、「ぶっつけ本番」状態といってもよいでしょう。それでもこれまでの経験と技術でピカイチの照明をつくっています。

 美濃加茂公演でのもう一つの課題は、みのかも文化の森での合宿形式の共同生活にあります。1週間同じ部屋、同じ空間で10‐15名ほどのメンバーが過ごす濃密な時間。テレビやインターネット環境がないため、「陸の孤島」のような生活です。これに耐えられない学生もたまにいると聞いていますが、そのかわり満天の星空の元、夜遅くまで演劇やこれからの将来のことなどを語り合った場所として学生の皆さんの心に深く刻み込まれていると思います。

 また、公演を行うため、役者、演出、照明、音響などそれぞれ役割が違う中で、食事、洗濯、就寝などのふだんの生活を営まなくてはなりません。役割によって、生活のリズムが違い、食事をとったり、就寝したりするにもお互いに気を遣いながらの生活です。気づかないうちに体力、気力を使っているはずです。最近は分業制が確立し、掃除、洗濯、食事の用意は専業の学生スタッフが行います。全員の食事の用意、洗濯物の量、積み上げられた布団。半端な量ではありません。「同じ釜の飯を食う」という言葉が合うのかもしれません。一週間ですが一緒に生活することで、喜んだり、苦しんだり、ぶつかりあったり、励ましあったりして絆を深めていく集団となっていきます。間近で学生の皆さんと接すると、彼らが自分達の殻を破る瞬間に遭遇することがあります。

 学生達にとってこの企画は挑戦的なものではないでしょうか。ホームグランドのステージではなく、完全なアウェーの野外という広いスペースで上演されます。しかし、彼らは全てを劇場として利用し、木々が生い茂る森や広い芝生広場を縦横無尽に駆け抜けたり、観客も出演者としたりする大胆な演出を試みています。これは学生にしかできない技かもしれません。そのエネルギーを惜しみなく発散し、最後は倒れこんでしまうまで演じきる。学生演劇の神髄を、毎年美濃加茂の市民は目撃しています。

第6回早稲田大学・美濃加茂市文化交流事業 学生演劇公演

2013年「ペレストロイカ」チラシ

劇団 森(しん)「ペレストロイカ」

日程:
2013年9月7日(土)、8日(日)
開演:
18:30(開場18:00)
会場:
みのかも文化の森/美濃加茂市民ミュージアム 芝生広場(雨天時エントランスホール)
入場無料・予約不要・全自由席
※虫が多いので、長袖を着用するなど虫よけ対策をおすすめします。
詳細はこちら(「早稲田文化」WEBサイト)
主催:
みのかも文化の森/美濃加茂市民ミュージアム、
早稲田大学文化推進部文化企画課
協力:
坪内逍遙博士顕彰会

あらすじ
金星がのぼって、このあたりもそろそろ夜になっていくのだろう。ヒグラシが鳴く夏と秋の境目で、姉を待っていたアリスは、葬列にいざなわれて森へ。秋へ。姉は秋の灯台で夏に向かって、海を背にして歩きはじめる。過去方向へ進む姉と未来方向へ進む妹は、どこかですれ違って入れ替わる。永遠の少女であるアリスをめぐる、本と時間の童話。

劇団 森(しん)
早稲田大学所属の演劇サークル。年3回の演劇公演を中心に稽古や各スタッフ活動を行っている。

問い合わせ先:
みのかも文化の森/美濃加茂市民ミュージアム
〒505−0004 岐阜県美濃加茂市蜂屋町上蜂屋3299−1
TEL:0574−28−1110(月曜休館)
Email:museum●forest.minokamo.gifu.jp
※「●を@に変える」

これまでの上演記録

第1回(2008) 「生活」/(劇団虚仮華紙(こけてぃしゅ))
「芝居」/(劇団森)
第2回(2009) 「『山月記』とそのアフタートーク」/(劇団森)
第3回(2010) 「百閒」(ひゃっけん)/(劇団森)
第4回(2011) 「葬列の森」/(劇団森)
第5回(2012) 「羂索水系」(けんじゃくすいけい)/(劇団森)

村瀬 英彦(むらせ・ひでひこ)/美濃加茂市民ミュージアム学芸員

1990年4月から美濃加茂市教育委員会勤務。坪内逍遙博士顕彰会、津田左右吉博士顕彰会の事務局担当(現在は後任に譲る)。博物館建設準備業務に携わる。現在は2000年に開館した美濃加茂市民ミュージアムに勤務。