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羽鳥 隆英(はとり・たかふさ) 略歴はこちらから

常設展示《映像》開設に寄せて

羽鳥 隆英/早稲田大学坪内博士記念演劇博物館助手

 早稲田大学坪内博士記念演劇博物館では、新たに2013年4月より、常設展示《映像》を開設しました。名称の通り、演劇博物館は演劇学のための博物館ですが、近年では映画・映像への学術的関心の高まりに呼応し、各種事業(21世紀COE[2002年度‐2006年度]やグローバルCOE[2007年度‐2011年度]など)を通じ、演劇学と映画学・映像学の双方を視野に収めた横断的な研究教育機関としての方向性を模索しつつあります。常設展示《映像》の新設もまた、こうした模索の一環に位置付けられます。4月16日から8月4日までの前期展示では、「早稲田所縁の映画人」特集と「大河ドラマ第1作の名優」特集(2013年4月がNHK大河ドラマ第1作『花の生涯』第1話放送から50年目に当たるため)を二本柱に据えるなど、企画展示に準じる構成を採用しましたが、9月21日に開幕した後期展示では、企画展示室Ⅱから3階廊下への会場変更に伴い、日本演劇史に関する3階常設展示(「古代」「中世」「近世」「近代」の4展示室)同様、より概論的な色彩を強めました。以下、今回の立ち上げを担当した立場から、展示の目的や構成などを説明します。

「生きた教科書」空間の構築

 初めに展示の目的を説明します。常設展示《映像》の立ち上げに際し、筆者が特に重視したのは、演劇博物館が大学附属の機関である以上、何より「研究教育」の要素を前面に打ち出すべきだという点です。映画学・映像学は欧米諸国を中心に確立され、すでに豊富な研究教育の蓄積を有しますが、残念ながら日本では立ち遅れの著しい学問でした。1990年代以降の学術的関心の高まりを踏まえ、国内の大学にも映画・映像を主題に据えた科目が普及し始めましたが、例えば入学したばかりの学部1回生に対し、半期15回程度の講義を通じ、100年を超す日本映画史の概要を伝えるには、教科書や映像資料、あるいは教室のAV環境の整備など、なお検討すべき課題が山積みだと言えます。こうした映画学・映像学の現状の問題を念頭に置きつつ、常設展示《映像》では、演劇博物館の所蔵資料を活用した「生きた教科書」空間の構築を目指しました。具体的に言えば、東京国立近代美術館フィルムセンターで開催中の常設展示『NFCコレクションでみる日本映画の歴史』を手本に仰ぎつつ、また3階廊下という直線的な会場空間の特性を活かし、初めて映画・映像の講義を受ける大学生が、日本の映像文化の歴史を脳裡に描けるような展示を構想した次第です。

 同時に、こうした目的を明確に打ち出した背景には、より実際的な理由も存在します。前述の通り、日本における映画学・映像学は著しく立ち遅れた学問であり、近年の関心の高まりを経ても、映画・映像が研究教育の対象であるとの事実自体、いまだに社会的な認知が十分とは言えません。結果として、演劇博物館の展示に個人的な思い入れの満足を求める一部の愛好家との間に様々な問題が発生し、ときには館外の関係者にも被害が及びました。こうした問題の再発を防止すべく、常設展示の新設に際しては、あえて間口を狭めるように「研究教育」という目的を強調し、あらかじめ演劇博物館の立場を鮮明に示した次第です。こうした方向性が逆に問題の深刻化を招く事態も予想されましたが、これまで一般の来館者も含め、激励の言葉を頂戴したのは感謝に堪えません。

映画前史から「現在」まで

 こうした目的を念頭に、常設展示《映像》では、①「映画前史:写し絵と幻燈」、②「初期映画の豊饒な世界」、③「撮影所の黄金期」、④「寄贈御礼:映画女優京マチ子」、⑤「映画からテレビへ」、⑥「映像と大学の現在」の6区画を設け、基本的に時系列に沿いつつ、日本の映像文化史の展開を把握していただけるように努力しました。具体的には、日本に映画が輸入される以前からの視覚文化である写し絵や幻燈について、①「映画前史:写し絵と幻燈」でデジタル画像の壁面投影などを交えつつ紹介したのに続き(この区画は早稲田大学演劇映像学連携研究拠点の大久保遼助手が構成)、②「初期映画の豊饒な世界」では、大正期の連鎖劇(A.生身の俳優の演技で物語が進行する部分と、B.銀幕に映写された映像で物語が進行する部分を、例えばA⇒A⇒B⇒A⇒Aなどと「連鎖」させる劇)の広告を展示し、映画が演劇や寄席芸能など、多様な芸能のネットワークのなかから意味を生み出した初期映画の時代に光を投じました【写真1】。③「撮影所の黄金期」では、1920年代から1960年代までの日本映画界の黄金期を、帝都=首都東京と古都京都に集中した撮影所=「映画の工場」の存在に注目しつつ紹介しました【写真2】。また③に関連し、特別区画④「寄贈御礼:映画女優京マチ子」では、2013年に映画女優京マチ子氏(1924年‐)よりご寄贈を受けた貴重な資料の一部をお披露目しました。京氏は1950・60年代、日本映画界の戦後の黄金期を牽引した大女優のお一人です。⑤「映画からテレビへ」では、映画作家木下惠介が手掛けた『喜びも悲しみも幾年月』の映画版(1957年)とテレビ・リメイク版(1965年)の同じ場面の脚本を並置し、1960年代における映画からテレビへの文化的覇権の移行期に光を投じました【写真3】。最後に⑥「映像と大学の現在」では、前述した映画学・映像学に対する認知度の低さに鑑み、今日の大学で映画・映像に向き合う方々の活動を紹介する特集を始めました。第1回目に取り上げたのは、演劇博物館が所蔵する「映画館週報」と呼ばれる文字資料のデータベース化を通じ、修士論文を執筆された近藤和都氏(東京大学大学院)です【写真4】。

今後の課題

 最後に今後の課題を述べます。喫緊の課題は大学生の来館者数の増加です。前述の通り、常設展示《映像》が想定する主な対象は、映画・映像についての講義を受ける大学生です。すでに映画・映像関連の教鞭を執る方々に対し、講義の一環での見学を誘致するなど、様々な活動を試み始めましたが、さらなる努力の必要を実感します。今後とも情報発信に努めると共に、より目的に適う内容への改善に向け、関係各位のご意見・ご要望をお待ち申し上げる次第です。

写真1

写真2

写真3

写真4

羽鳥 隆英(はとり・たかふさ)/早稲田大学坪内博士記念演劇博物館助手

1982年生。専門:映画学。京都大学大学院人間・環境学研究科博士後期課程修了。京都大学博士(人間・環境学)。共著に『映画のなかの社会/社会のなかの映画』(ミネルヴァ書房、2011年)、論文に「映画=テレビ移行期の映画スターに見る脱スタジオ・システム的共闘」(『演劇研究』、近刊)など。