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羽鳥 隆英(はとり・たかふさ) 略歴はこちらから

映像が甦る喜び ― テレビドラマ『ロッパの水戸黄門』の場合

羽鳥 隆英/早稲田大学坪内博士記念演劇博物館助手

 古川緑波(ロッパ)(1903年‐61年)をご存知だろうか?
昭和の初めから戦後にかけ、エノケンこと榎本健一とともに喜劇界の王座に君臨した役者である。ロイド眼鏡をかけ、華族出身らしい紳士的な身振りから繰り出す明朗洒脱かつ機知に富む笑いは、とりわけ戦前を通じ、モダン東京の喝采を浴びた。歌唱や声帯模写=物真似のような声の「芸」に加え、評論や随筆などの文筆業にも才気を示すなど、多方面での活躍で知られる。映画出演も数多く、得意の軽喜劇は無論のこと、新派メロドラマの名作『婦系図』二部作(マキノ正博監督、1942年)における「真砂町の先生」など、シリアスな役柄にも独自の魅力を発揮した。戦後は次第に人気が下降し、喜劇王の称号に見合う活躍を続け得ぬまま、病苦の裡に満57歳で死去したものの、昭和芸能史に残した功績は偉大である。ご遺族のご厚志により、長年書き続けた日記など、膨大な遺蔵資料は演劇博物館に寄贈された。演劇博物館では2007年に企画展『古川ロッパとレヴュー時代―モダン都市の歌・ダンス・笑い』を開催したほか、2013年4月より開設された常設展『映像』の「早稲田所縁の映画人」特集においても、上山草人・澤田正二郎・渡辺邦男・佐田啓二の各氏とともに古川(文学部中退)を取り上げ、ハリウッド映画界への進出の意気込みを伝える資料などを紹介した。

 このように演劇界・映画界・文芸界を自在に闊歩した古川であるが、同時に放送界での活躍も重要である。ラジオで言えば、NHKの看板番組『紅白歌合戦』の原型『紅白音楽試合』が敗戦の1945年大晦日に放送された際、記念すべき最初の白組司会を務めたのが古川である。また、1953年にテレビ放送が本格化すると、NTVの長寿番組『轟先生』(1955年‐60年)に主演するなど、お茶の間にも親しまれた。とは言え、演劇や映画に比べ、ラジオやテレビでの活躍に関心が向けられる場合は少ない。特にテレビの場合、放送が本格化した1953年から古川が死去する1961年までは試行錯誤の草創期であり、演劇や映画に比べ、大衆娯楽のなかでの地位が格下と見られたのは否定し得ない。結果的に、古川が人気の下降により、演劇や映画からテレビに「転落」したと片付けられる訳である。実際、当時のテレビが技術的制約により、同じ映像文化である映画に比べ、物語を面白く語るという点で様々な困難に直面したのは周知の通りである。しかし逆に見れば、こうした状況下であればこそ、様々な制約のなかでも独自の輝きを失わず、単体でも視聴者を魅了し得る役者の「芸」が要請されたとの仮説も成り立つ。草創期のテレビは、東京の喜劇王が戦前から磨き上げた「芸」を如何に取り込んだのか?
我々の興味は尽きない。

「発見された『ロッパの水戸黄門』16㎜」

 こうした問題意識に対し、最初の朗報が届いたのは2011年である。報道各社は古川の遺作であるMBSのテレビ『ロッパの水戸黄門』(1960年‐61年)全13回分の16㎜映像が発見されたと伝えた。周知の通り、草創期のテレビ映像の残存率は皆無に近い。管見の限り、古川が出演したテレビドラマの映像もほとんど現存しないはずである。この発見により、ようやく古川がテレビで見せた「芸」を具体的に分析する回路が開かれた。発見の立役者は日本の映画保存・復元研究を牽引する大阪芸術大学の太田米男教授である。

「水戸黄門に扮する古川(右から2人目)」

 演劇博物館では2014年、秋の企画展『寄らば斬るぞ! 新国劇と剣劇の世界』を開催するに際し、太田教授にご協力を要請した。太田教授が収集した戦前の剣劇映画の断片集『ちゃんばら時代2014』を会場内で上映させていただくためである。一連の遣り取りの過程で、先に発見された『ロッパの水戸黄門』16㎜の劣化が進行中であり、早急に復元の手立てを講じねばならない、ついては演劇博物館と共同で復元したいとのご提案を頂戴した。前述の通り、古川と早稲田や演劇博物館の所縁は深い。折も折、演劇博物館が平成26年度「美術館・歴史博物館重点分野推進支援事業」に採択され、共同復元に参画する財政的基盤が整備された。こうした幸運が重なり、現在『ロッパの水戸黄門』はIMAGICAウェストでのデジタル化が進行中である。我々が喜劇王の最後の輝きを目撃する日も近い。

 2014年末現在の予定では、デジタル版『ロッパの水戸黄門』のお披露目を兼ねた太田教授の講演会を2015年2月末に開催する。日時や会場など、詳細については後日の正式な告知をお待ちいただきたい。多様な関心を抱く皆様にご参集いただき、映像が甦る喜びを共有するとともに、テレビ・映画・演劇研究のさらなる深化に貢献し得れば幸いである。

羽鳥 隆英(はとり・たかふさ)/早稲田大学坪内博士記念演劇博物館助手

1982年生。専門:映画学。京都大学大学院人間・環境学研究科博士後期課程修了。京都大学博士(人間・環境学)。編著に『寄らば斬るぞ! 新国劇と剣劇の世界』(早稲田大学坪内博士記念演劇博物館、2014年)、共著に『映画のなかの社会/社会のなかの映画』(ミネルヴァ書房、2011年)、論文に「映画=テレビ移行期の映画スターに見る脱スタジオ・システム的共闘」(『演劇研究』、2014年)など。