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早稲田文学増刊 女性号について

北原 美那/「早稲田文学」編集部員
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 1891年坪内逍遥によって創刊、以来休復刊を繰り返しながら刊行を続けてきた文芸誌「早稲田文学」では2017年9月、増刊「女性号」を刊行した。
 82名が参加した全556ページの一冊は、その厚みと重さから、手にした読者に「宝箱」とも、「鈍器」とも称された。
 この「女性号」について、担当編集による紹介と、刊行からその後におよぶささやかな顛末記を試みる。

「早稲田文学増刊 女性号」
発行:早稲田文学会
発売:筑摩書房

 何と言ってもこの号の特徴は、参加者82名全員が女性であること。文学史に名を残す女性作家から気鋭の若手まで、国内外、100年以上にわたる女性たちの言葉がこの一冊に集っている。
 参加者のなかでもっとも早く生まれた書き手は、1872年生まれの樋口一葉。代表作「大つごもり」を現代語訳で掲載した。ついで1882年に生まれた、イギリスの小説家ヴァージニア・ウルフ。掲載作「ロンドン散策――ある冒険」は本邦初訳となる。最も若手となる、1995年生まれのharu.さんは、インディペンデント・マガジン「HIGH(er) magazine」の編集長で、ウェブを中心に大きな注目を集めている。
 詩歌が多いのも特徴で、石垣りんや茨木のり子といった著名な女性詩人、作品集が長く絶版だった左川ちか、誰もが知る中島みゆきさんの名曲の歌詞や、ドイツの若手詩人ノラ・ゴムリンガーさんの作品まで、再録を含め、もっとも作品数が多いジャンルが詩だ。装丁の名久井直子さんのアイデアで、詩歌作品の掲載ページは色が付いており、「女性号」の断面はカラフルな縞模様を描いている。

 季刊ペースで刊行している本誌「早稲田文学」だが、この号の準備期間はまる一年に及んだ。
 責任編集の川上未映子さんは、早稲田文学編集委員の7名のひとり。2007年に初の小説「わたくし率 イン 歯ー、または世界」を「早稲田文学」第十次創刊準備号で発表。以来、小説と詩を創作の両輪に活躍を続けている。
 川上編集委員とはじめて打ち合わせをしたのは2016年の初秋だった。自分の責任編集特集は、「女性」がテーマであり、書き手は全員女性であること。過去、そして現在の「女性」の創作をめぐる状況を記録し、提示すること。そのような企画趣旨を、すでに川上編集委員は明確に定めており、寄稿者リストを作っていた。
 そのなかに、エドナ・セント・ヴィンセント・ミレーの詩があった。1920年代のアメリカで活躍したこの女性詩人の作品は、日本ではあまり知られていない。アメリカ文学者の小澤英実さんの紹介で知ったと、川上編集委員は「はじめの無花果」と題された短い詩を諳んじた。この作品はのちに「女性号」の巻頭に置かれることになる。

校了直前、全ページのゲラチェックに励む川上編集委員。

 川上編集委員が書いた、長い手紙のような企画趣旨と執筆者リストを手に、編集部は寄稿者たちへの依頼を進めていく。彼女たちは、「女性」をテーマにしたこの号の企画趣旨をそれぞれの温度で受け止め、力のこもった作品を返してくれた。
 座談や対談の収録現場でも、参加者たちの熱量が感じられた。大きなカートいっぱいに資料を詰めて収録現場にやって来た参加者や、九州や関西からこの収録のために駆けつけた参加者もいた。創作をめぐる言説をテーマにした、5名の参加者と編集部による座談会では、収録予定時間をはるかに超え、ほぼ4時間に渡り白熱した議論が続いた。
 止まらない話のように寄稿者は増えていき、ページ数も増え続けた。雑誌のなかのいち特集として予定されていたこの特集は、やがて総特集号となり、最終的には増刊形態に落ち着いた。
 持ち重りするゲラの束に、腕をふるわせながら編集作業は続いた。とくに川上編集委員は、まさに「編集長」と言うべき活躍ぶりで、上がってきた原稿を読み、辞書ほどの厚みの個人全集から厳選して再録作品を選び、自身が手がけた「大つごもり」の現代語訳を仕上げ、「書き手としても参加したくなった」と詩を送ってくる。書店には村上春樹さんへのインタビュー共著『みみずくは黄昏に飛びたつ』が並び、文芸誌をめくれば新人賞の選考委員として選評を書き、新作小説「ウィステリアと三人の女たち」まで発表している。編集部では「川上未映子は何人いるんだ」と疑問の声が上がった。

下北沢の書店「B&B」での「女性号」関連フェアでは、古書や雑貨、花など、書籍以外にもさまざまなものが販売された。

  前年初秋の打ち合わせから一年弱が経った晩夏の深夜、「女性号」は校了を迎えた。数日後に公開した「女性号」の目次と巻頭言がウェブ上で話題になり、刊行直後のトークイベントは募集からすぐに予約満席となった。発売直後は全国書店で品切れが起こり、Twitterでは、書店や読者たちによって自主的に、店舗の在庫状況がリアルタイムで発信される。その勢いは編集部の想像をこえていた。
 驚かされた反応は数字で図れるものだけではなかった。「毎日寝る前に少しずつ読んでいる」「宝物のような一冊」「こんな本を待っていた」……次々SNSにアップされる読者たちの温度の高い感想は、「女性号」がたしかに読者ひとりひとりに届き、それぞれの生活のなかで読まれていることを実感させた。フェアを企画し応援してくれる書店や、カルチャー誌・ウェブサイトでの書評記事も続き、「はじめて文芸誌を手に取った」という声も多く聞かれた。
 11月末には、戸山キャンパスで刊行記念シンポジウムを行った。詩歌、小説、批評、フェミニズム、「女性号」のエッセンスを凝縮し、問いを進展させる4つのディスカッションを重ねた。280名収容の会場は事前予約で即満員、モニターでの同時中継を行う会場も設けた。肌寒い日だったが、満員の会場は登壇者、聴講者の集中力で熱気が高まっていた。

 シンポジウムの最終パネルに登壇した社会学者の上野千鶴子さんは、熊本日日新聞の書評で「女性号」について「周辺化されてきた者たちの、逆説的な特権」だと書いた。
 ひとりの書き手によって紡がれた言葉は、否応なく個人の置かれた環境、歴史や社会構造を含みながら、多様な語りをもたらす。「女性号」には、生活の詩があり、性差別への怒りの記憶がある。社会への違和感が、性愛の機微が、家族や友人との親密な関係性が描かれ、それぞれの老い、それぞれの若さ、それぞれの孤独と自由が語られる。
 収録作のなかでもっとも長い小説、古谷田奈月さんの「無限の玄」は、血縁で結ばれたブルーグラスバンドが、旅から帰還した家の中で遭遇する奇妙な出来事を描く。一家を含む登場人物は全員男性で、「抽象レベルで男たちの女性嫌悪を突きつけた」との評も寄せられた。
 黒田夏子さん「るす絵の鳥」では、おもな登場人物「幼年」と、その保護者と思しき「老年」の性別はけっして明示されない。
 岩川ありささんの論考「クィアな自伝」は、「私たちクィアな人々は」という主語を織り交ぜながら、自己を語ることを阻害されてきた存在がいかに語りを回復することができるか、2つの作品分析を通じて論じた。
 「女性」を書かないことで「女性」について考える。あるいは、「女性」を書いたものが「女性以外」を浮かび上がらせる。
 書く主体としての女性が手に入れた「特権」は、のびのびと解き放たれたポジティブな「自由」ばかりではないはずだが、この多様な語りは、文学だからこそ可能になる想像力の姿でもあるはずだ。

シンポジウムのラインナップ。休憩を挟みつつ、イベントは7時間以上に渡った。

 フェミニズムに関する話題は日々新たなトピックが生まれ、議論の対象となっている。刊行から数ヶ月が経ち、すでに「女性号」で論じ、語られた話題のなかには、懐かしさをおぼえるものもある。「2017年、女性をめぐる文学の記録」としては、きわめて正しいあり方だろう。
 2017年の春、デザイン打ち合わせの場で、川上編集委員はまだ1本も原稿が入っていない台割(目次)を掲げ、「もし誰の原稿も入らなかったら、この台割を公開して「こんなにすごいものを作ろうとしていたんだ」と言って許してもらおう」と言った。書き手たちの心強い返信を知っている身としては、正直「そんなことにはならないだろう……」と思ったが、笑い飛ばせないほど真剣だった。
 あのとき掲げた台割より、はるかな厚さと重みを得て「女性号」はここにある。担当編集としては、やがて古びていくことを歓迎しながらも、ここに書かれた言葉たちがまだ強く生き残り、この先の未来を照らす標になるだろうという確信がある。その言葉たちが読者に届き、なにが生まれるか、まだまだ注目してもらいたい。

※ローンチイベントはPR誌「ちくま」2017年11月号に採録が掲載。刊行記念シンポジウムは、パネル1の採録が「webちくま」にて公開中、パネル4の動画が「ウィメンズ・アクション・ネットワーク」ウェブサイトにて公開中。

北原 美那(きたはら・みな)/「早稲田文学」編集部員

1985年生。「早稲田文学」編集部員。