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柴田 康太郎
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八千代座でのサイレント映画上映とシンポジウム

柴田 康太郎/早稲田大学演劇博物館演劇映像学連携研究拠点研究助手

芝居小屋での映画上映

八千代座内部(撮影:野中元)

イベント当日の場内

八千代座ポスター(鶴田コレクション、早稲田大学演劇博物館蔵)

 鮮やかな天井広告、赤提灯、シャンデリアが目を引く明治43年竣工の芝居小屋・熊本県の八千代座で、9月1日にサイレント映画の上映会とシンポジウム「八千代座に甦るサイレント映画たち」を開催した。早稲田大学演劇博物館・演劇映像学連携研究拠点、熊本大学教育学部、一般財団法人山鹿市地域振興公社の主催事業である。地方での映画や芝居の興行を議論するシンポジウムとともに、熊本出身の徳富蘆花原作による『不如帰』、『チャップリンの放浪者』、時代劇映画の傑作『忠次旅日記』の3本のサイレント映画上映会を行った。サイレント時代のようにピアノ、ヴァイオリン、フルート、三味線の和洋合奏と弁士の語りが映画とともに披露され、360名以上が集った場内は熱気に包まれた。

 19世紀末に日本へやってきた映画は、専門の映画館が生まれた後も、長いあいだ寄席や芝居小屋で上映され続けてきた。八千代座も戦前から戦後まで断続的に映画上映が行われた芝居小屋のひとつである。実際、演劇博物館には八千代座での映画上映のポスターやチラシが4枚収められている。今回、八千代座でこうした企画が実現したのも、熊本大学の八千代座関連資料の調査チーム(代表:山﨑浩隆)の山田高誌准教授が、これらの資料をふくむ「鶴田コレクション」の調査に早稲田大学演劇博物館を訪れたことが機縁となっている。

 鶴田コレクションは、戦前の熊本で映画ポスターやチラシを丹念に収集・保管した鶴田嘉七郎旧蔵の893点にのぼるコレクションである。今回の催しを機にデジタル化と公開準備が進んでいる。あらためて調べてみると、八千代座関連の資料の一枚は奇しくも今回の催しのちょうど90年前、1928年9月1日の上映のものだと分かった。90年前の観客たちは履物を脱いで升席に座り、こうした松竹映画やアメリカ映画を鑑賞していたのかと、シンポジウムでこのポスターを紹介しながら不思議な思いに駆られた。

地方の演劇・映画文化

ディスカッション風景

 近年、日本映画史の研究では地方の視点を取り入れた研究が増え始めている。東京や大阪といった主要都市だけではない日本の映画文化の実態を捉えようとする機運が高まっているのである。今回のシンポジウム「大正時代の映画と演劇の劇場風景」では、映画だけでなく演劇もふくめて、そして江戸から昭和初期までの広い視野で、熊本での演劇・映画文化を議論した。

 最初の発表者であった私はサイレント時代の1920年代に注目し、「鶴田コレクション」や楽譜資料群「ヒラノ・コレクション」の紹介を交えて、東京と熊本の映画館における音楽文化の類似性と影響関係を考察した。また、神戸学院大学の上田学准教授は統計資料などに基づき、地方で映画館数が増大したのは1930年代のトーキー時代であり、地方の興行の重要性はこの時期から特に高まっていたのだと指摘した。次いでお茶の水女子大学の神田由築教授は、江戸期の玉名・山鹿の芝居上演の資料を紐解き、熊本藩内での芸能者たちから明治期の芝居興行まで広い視野で事例を示した。最後に演劇博物館の児玉竜一副館長は、『忠次旅日記』のフィルム発掘から作品の意義までの経緯に触れたうえで、同作主演の大河内伝次郎がもともと熊本も含めて精力的に巡業を行った澤田正二郎の新国劇に所属し、その後も澤田の強い影響下で仕事をしていたことを指摘した。全体の議論を通して、さまざまな役者や関係者、演劇界、映画界の相互作用のなかで、動的に地方の演劇・映画文化が形作られていたことが示せたように思う。

サイレント映画の音に耳を澄ますこと

 もっとも、このように地方での映画文化に光が当たるようになった昨今でも、地方でのサイレント映画上映に東京や大阪と比べてどんな特徴があったかという点になると、手がかりがなくなってしまう。熊本でサイレント映画に声をつけていた弁士も熊本弁で語りをつけていたと思われるが、詳細は不明だ。今回の上映会では、東京を拠点に活動する弁士の片岡一郎氏と山内菜々子氏に語りをつけていただき、音楽は東京と熊本の音楽家の特別編成で演奏していただいた。第1部では、サイレント映画伴奏で活躍する楽団カラード・モノトーンの湯浅ジョウイチ氏の楽曲が、ギターとヴァイオリンで演奏され、第3部では1920年代の東京の映画館で使用されていた歴史的な伴奏楽譜が、サイレント時代のようにピアノ、ヴァイオリン、フルート、三味線という和洋折衷の編成によって演奏され、会場を魅了した。

『不如帰』(提供:マツダ映画社)の上映風景

 実は、第3部のように日本のサイレント映画を歴史的な楽譜で伴奏することは、近年まで困難であった。国内外を問わず、サイレント映画はライブパフォーマンスを伴って上映されていたが、日本では当時の音楽資料がほとんど失われていたからである。ところが数年前、サイレント時代の映画館で使われた楽譜が1000件近く演劇博物館に収蔵され、事態が大きく変わることとなった。先にふれた「ヒラノ・コレクション」がそれである。

 このサイレント映画の伴奏楽譜資料群は、品川娯楽館などで活躍した平野行一という音楽家の旧蔵資料と考えられ、「ヒラノ・コレクション」と呼ばれている。2014年から2017年まで、私は白井史人氏や紙屋牧子氏とともに、このコレクションを対象とする共同研究に参加し、シンポジウムとともにこの伴奏譜の演奏付きで上映会やシンポジウムを開催してきた。八千代座で演奏された『忠次旅日記』の音楽も、今年1月に行われた早稲田大学での上映会のために、白井氏が中心となってこのコレクションから選曲したものである。

 しかし八千代座で改めてこうした伴奏譜の演奏を耳にしていると、現代と異なる曲調に古さを感じながらも、改めてSPレコードや当時の録音から受け取っていた古さと異なる新鮮な響きに出会い、どこか「レトロ」なものとして過去を想起していた自分に気づかされた。過去の貧しい音質の録音とクリアな目の前で行われる生演奏との音質の差も一因だろうし、演奏方法に過去と現在の差もあっただろうが、かつての観客が映画の音楽から受けていたのは同じような新鮮さであったかもしれない。シンポジウムで児玉副館長も述べていたように、『忠次旅日記』は約90年前の作品ながら、今回上映したのは美しい染色のなされたデジタルリマスター版であり、字幕が補填された最新の知見が動員された映像だ。また、そもそもの八千代座も明治末の建築であるが、現在のように華やかな空間として在るのは平成の大改修を経て蘇ったからでもある。

 過去を想起することは容易ではない。しかし過去に迫ろうとしたとき、現在の物の見方が照らし出され、また過去のうちに新たな可能性が浮かび上がる。サイレント映画の上映空間とは、劇場、映像、楽譜、弁士、音楽家、鑑賞者、それぞれが多様にふくみもつ様々な「過去」と「現在」が織りなす豊かな時間に出会うことのできる場なのだ。八千代座で過去と現代を架橋して弁士や音楽家の紡ぐ音を聞きながら、この思いを強くした。

2017年のエンパクシネマの様子

 ちなみに、2018年10月に開館90周年を迎える早稲田大学演劇博物館では、昨年度に引き続き10月8日(月・祝)に本館の前舞台で野外上映会「エンパクシネマ」を開催する。シェイクスピア時代のフォーチュン座を模した歴史的建造物である演劇博物館の前舞台にスクリーンを貼り、弁士の澤登翠氏らの語りと柳下美恵氏のピアノによるフィルムで喜劇映画5本が上映される。12月15日(土)には、早稲田キャンパス内の小野記念講堂で、俳優・芸能研究者の小沢昭一氏の旧蔵資料から発見されたサイレント版『乃木将軍』(池田富保監督、1935年)を弁士の片岡一郎氏の語りと東家一太郎氏の浪花節の2バージョンで上映し、併せてシンポジウム「日本映画と語り物の文化」を開催する。こうした機会が新たな「現在」と「過去」の出会いの機縁となることを期待したい。

柴田 康太郎(しばた・こうたろう)/早稲田大学演劇博物館演劇映像学連携研究拠点研究助手

早稲田大学演劇博物館演劇映像学連携研究拠点研究助手。武蔵野美術大学、成城大学、共立女子大学非常勤講師。東京大学大学院人文社会系研究科(美学)博士課程単位取得満期退学。専門分野は音楽学、映像学、美学。論文に「サイレント期の東京の映画館における音楽実践と観客」(『美学』第68号、2017年)、「作曲家・武満徹と録音技師・西崎英雄の協働」(小笠原清・梶原弘子編『映画監督小林正樹』岩波書店、2016年)など。