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▼こんな授業! どんなゼミ?

<さらす/覆う>の構造学
~欲望とアイデンティティー(文化の中のさらす/覆う)~

荒 弘子/文化構想学部3年

 この講義は「さらす」ことと「覆う」ことによって、どのように文化が構成されているかを考察する講義である。人間が衣服で身体を覆うように、化粧で素顔を覆うように、私たちを取り巻く物事はどこかに「さらす/覆う」の構造を持っている。それを考察するために、この講義は10名の講師がそれぞれ哲学、ホスピタリティ、美術、建築、食文化、ファッション、化粧、形成手術の中にある「さらす/覆う」の構造について話した。

 最終回のまとめの講義では、旧約聖書のアダムとイヴの楽園追放についての話があった。蛇にそそのかされたイヴは創造主によって食すことを禁じられた、知恵の木の実を口にする。そして、それをアダムにも食べるよう勧める。そしてそれを口にした彼らは自分たちが裸体であることを認識し、無花果の葉で下腹部を覆う。裸というのは人間の生まれたときの姿、つまり本来の姿であり、それを覆い隠すことは自然を覆い隠すことにつながる。ここに、着衣という文化の始まりをみることができるだろう。文化とは自然を覆い隠すことによって生まれてきたといえるのだ。

 また、この「さらす」ことと「覆う」ことは、コンテクストが異なれば別の意味を持ちえる相対的なものである。衣食住、法律、政治、人間同士のコミュニケーションなども状況が異なれば、私たちはその対象に対してそれぞれ異なる感情を抱き、異なる判断をするだろう。そのように絶対性がなく揺れ動いている文化というものを「さらす/覆う」という構造から考察することは、文化理解において私たちの助けになるのではないだろうか。

(提供:早稲田ウィークリー