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人生を変えた留学経験!
アメフトへの情熱で、国境を飛び越えた

ダフィー・スコット/国際教養学部3年

 大きな男たちが互いに激しく体をぶつけ合うアメリカンフットボール(以下、アメフト)。ダフィー・スコットさんは、190㎝、103㎏という恵まれた体格を活かし、ディフェンシブライン(DL)というディフェンスの最前線のポジションに立って敵を圧倒する。とはいえ試合を離れれば、屈託のない笑顔で気さくに仲間たちと話す。そのギャップがなんとも魅力的だ。

 「BIG BEARS※1に入部したことは、僕の人生におけるベストチョイスの一つです。素晴らしい仲間がいて、大好きなアメフトを続けられる最高の環境ですから!」。満面の笑みで語るダフィーさん。アメリカ・カリフォルニアで生まれ、8歳からアフトを始めた。中学、高校に進学しても、ラクロスやバスケットボールなどと並行して、アメフトを続けていた。ところが、進学したチコステート大学には、なんとアメフト部がなかった。ラクロスをやりながらも、どうしてもアメフトへの想いを断ち切れずにいた学生生活。

 運命は、時に思わぬ展開をもたらす。3年生のとき、友人から「アメフトをやりたければ、日本でプレーするといいよ」の一言。もともと、どこかに留学しようと考えていたが、それで日本に留学することを決意。チコステート大学は、カリフォルニア州立大学システム(CSU)※2に加盟しており、CSUと協定を結んでいた本学に1年間の交換留学を決めた。

 2007年の夏からチームに合流。仲間たちとともに汗を流した。ところがその秋、衝撃的な“事件”が起こる。BIG BEARSは5回もの延長戦の末、法政大学に敗れ、甲子園ボウル※3への道が断たれてしまったのだ。「ものすごく悔しかった。一進一退の攻防で、お互いの魂をぶつけあう素晴らしい試合でした。僕は出場機会がなく、みんなの力になれなかった。もう一度、みんなの力になるチャンスがほしいと思ったんです」。

 アメフトへの想い、チームへの想いが、本学へ正規生として入学することを決意させた。試験を受け、翌年に国際教養学部に1年生として入学。再びチームの仲間と頂点を目指す道のりを歩み始めた。本場・アメリカと比べて、日本でのプレーはどうでした?「アメリカよりも日本の方が練習時間が長いです。その中でも集中を切らさないみんなは本当にすごい! 試合でもホイッスルが鳴るまで諦めない精神は、素晴らしいと思います」。

 ダフィーさんをレギュラーとして迎えたBIG BEARSは年々力を伸ばしていく。そして2010年、念願の甲子園ボウルへの出場を果たした。惜しくもそこでは敗退し、社会人代表チームと戦って日本一を決めるライスボウルへの出場はならなかった。とはいえ、ダフィーさんはBIG BEARS歴代2人目となる「リーグ戦MVP」と、6名のチームメイトと共に「ALL関東24」に選出された。「とても光栄です。でも、甲子園ボウルで勝ちたかった……」と、悔しさをにじませる。

 ダフィーさんがBIG BEARSでプレーできるのは今年度までだ。卒業後はどうするの?「日本の社会人チームでプレーしたいと思っています! 日本で働くにあたって、学生時代に日本独特の“先輩・後輩関係”を学べたのは大きいですね。海外で学ぶと、新しい価値観に出会える。これは、今後の人生で必ず役立つと思っています」

 来日し、本学に入学したことが「人生を変えた」というダフィーさん。将来、社会人チームのメンバーとして、ライスボウルで戦う日が待ち遠しい。

※1:本学米式蹴球部(アメリカンフットボール部)の名称
※2:カリフォルニア州が設置する総合州立大学のシステム
※3:全日本大学アメリカンフットボール選手権大会の決勝戦のこと。毎年12月に兵庫県西宮市にある阪神甲子園球場で行われる。

通訳をしてくれたチームメイトの西尾謙一さん(国教1年生)と

甲子園ボウル立命館大学戦にて(本人、99番)

関東リーグ戦にて、東京運動記者クラブアメリカンフットボール分科会MVP受賞

(提供:早稲田ウィークリー

ダフィー・スコット/国際教養学部3年

1986年、アメリカ・カリフォルニア州生まれ。国際教養学部3年。8歳からアメフトを始める。チコステート大学3年生の2007年秋、本学に留学。翌2008年、本学に入学。「BIG BEARS」のレギュラーとして活躍する。2010年、秋季リーグ「リーグ戦MVP」、「ALL関東24」に選出される。趣味は映画観賞。『タイタンズを忘れない』はアメフトを通じて、人種差別がなくなっていく様が描かれていて「絶対見た方がいいよ!」とのこと。